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茶酵令嬢双書ルリーアンジェ編☆第24note《『わたくしのお茶は飲めない、とでも?』~茶酵令嬢は世を”秘”する~》

愚煎(弐連) It’s not my cup of tea (中)


嫌な噂が広がっていることは耳にしていた。
商団を率いる身ゆえに、各方面からさまざまな情報が巡ってくるが、特にアンゲフォース家の動向については、どんな些細な情報であろうとも拾い上げて私の元へ回すようにと。
だが、自分が大きな商談の為にマラーケッシュ公国を離れていたほんの少しの間に、彼女を取り巻く環境がこんなにも揺れ動いていたとは。
だが、まさかという思いもまだ捨てきれずにいる。
アンゲフォース伯爵家は、マラーケッシュ公国をその建国より支えてきた翼(忠臣)であり、代々の王家ですらアンゲフォースには一目置いてきたと言われるほどの家門である。
公国の”黄金の心”とまで謳われたアンゲフォース。
代々の女系当主は身分を問わず『救癒』を施し公国の民を救い続けた。
だが、現在の伯爵が当主となってからは、良い噂は聞かなくなった。
アンゲフォースの奇跡を施してもらえうのは裕福な者だけに限るのだと、どんな人間であろうとアンゲフォースは金銭で人を救うのだということが現伯爵の意向として裏の社会では有名な話となっていた。
だが、それでもアンゲフォースは名門貴族としての矜持を持っているはず。
そう思っていたことが仇となったのかもしれない。

彼女は・・・。
間に合うだろうか。
平民の身で王宮(あの場所)に入るのはなかなか厳しいが、なにを使おうとも、どんなことをしようとも、今すぐ彼女の側へ行かなければ。
そして・・・?
そうしてその場所で彼女の傍らに侍ることで、自分に何ができるだろうか。
貴族という身分に対してあまりにも微力なただの平民である自分の立ち位置を考える。確かに正気の沙汰ではないなと。
だが、と自分の覚悟に己自身を貫かせる覚悟で諭す。

大切なのはなんだ?
自分にとって最も大事なものは?

そう、難しく考えるな。簡単なことだ。
例え商団の財産を使い切ることになったとしても、彼女を救いあの家門の闇から掬いあげてみせよう。
財産などまた作ればいい。
彼女さえ守れるならば、なにも惜しくはないのだから。
彼女さえ安寧で、幸せならば・・・。



「アンゲフォース伯爵は、令嬢の嫁ぎ先を物色されているのか?」
「あの名門の、それも『救癒』の家門だぞ。王家に嫁いだとておかしくはなかろうて。」
「だが、現伯爵は金銭に目が無い様だからな。」
「公国貴族で最も裕福であるのは、どの家門だろうか。」
「アンゲフォースのあの奇跡の血筋が手に入るなら、いくら払っても構わないという者は大勢いるだろうからな。」
アンゲフォース伯爵が”秘”されていた令嬢を連れ回していた頃、社交界ではこういった手合いの噂でもちきりとなっていた。
そしてこの会話の最後は決まってこう終わるのだ。
「それに、あの美貌だけでも金を投資する価値はあろうだろうて。」
「さて、いったいどの貴族が彼女を手に入れることになるんだ?」

そして迎えた今日の王宮舞踏会で、アンゲフォース伯爵が令嬢にあてがおうとしている相手を見て、首を傾げた者はきっと少なくはなかっただろう。

「あれは誰だ?」
「プリカティットル卿だと?この国の貴族ではないような?」
「ああ。新しい家門なのか?」
「確か、ダイヤモンドの鉱山を幾つも持っている大富豪だと聞いたことが。だが、平民ではなかったか?」
「爵位は・・・・。まあ、金があれば、な。」
「だが、アンゲフォースだぞ。あの家門がまさかそこまで・・・」


舞踏会の大広間は音楽が奏でられ、誰もがファーストダンスを迎える用意を整えようとしながらも、その場の人々の視線が彼女に絡みつくように集中していた。
彼女は自分に集中している。今日は特別なデビューのために特別なドレスとそれに合わせて少しヒールの高い靴が準備されていたんだった。
上手に床に倒れ込むには・・・ああ、少しばかりの怪我は覚悟しなくちゃ。
さあ、いくわ。
ルリーアンジェはプリカティットル卿ににっこりと笑顔を送ると、ゆっくりと後ろにふらりっと首を傾けた後、思い切り今度は斜め前位をを狙って誰もいない方へ自分の身体を倒した。
床が見える、と痛みと衝撃を覚悟して目を瞑った瞬間、彼女は自分の身体がふわりと持ち上げられるように宙に浮いたように感じた。
あら?痛くないし、倒れない?
と、温もりが伝わってくる。誰かの手が彼女を。
え?
彼女は自分の身体を支えているその腕の力強さと熱の心地よさに自分の冷えて固まっていた身体が緩むのを感じる。そして優しく支えるその温もりに安堵している心を悟ってなんだか不思議な心地よさに包まれてゆくのを。
だが、彼女はすぐに現実に自分を引き戻した。
自分の手をその腕に添えてしっかりと立つ。
そして彼女はその場を仕切り直す為に、まずはと、自分を支えてくれたその男性に俯いたまましおらしい令嬢のように振舞いながら、礼の言葉を向ける。
「ありがとうございます。なんだか気が遠くなってしまって。助かりましたわ。」
そして、顔を上げるとその男性の方へ視線を向けた。
「え?」
気持ちより先に言葉が飛び出していた。

「どう・・・して、あなたが、ここに?」

呟きのような言葉が彼女の唇から零れ落ちた。



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