【架空日記】

2020年、4月21日。

朝7時。好きな映画のオープニング音楽で目が覚める。「今日も新しい一日が始まる」みたいなことを歌っている。明るくて楽しい気持ちで目覚められるかなと思ってこの曲にしたけど、最近は、朝がくるたび、また新しい一日が始まったことに軽く絶望する。

胎児みたいに丸まって、もう一度布団に潜る。オンライン会議まであと30分。どうせ上半身しか着替えないんだ。メイクだって、目元と唇さえ色がついときゃ、なんとかなるでしょう。もともとギリギリの時間にアラームをセットしてたくせに、自分に都合のいいことばかり考えながら、とろとろと二度寝に入る。

こうなることはわかってたのに、会議8分前に目を覚ます。やばい。髪をくくって、雑に眉毛を書いて、慌てて会議に顔を出す。オンライン会議は苦手だ。どんなに小さな声で発言しても、すべての人に等しく聞き取られてしまうから。ほんとは自信がなくて、隣の人をこっそりこづいて質問したいようなことでも、オンラインでは全員が口をつぐんで私の声に耳を傾けてくる。あの瞬間の居心地の悪さは、何度会議を重ねても慣れない。そのくせ、一番聞いてほしいことを思い切って発言したときに限って電波が乱れたりする。

12時。結局朝ごはんも食べないままお昼になってしまった。なにか食べなきゃと思って冷蔵庫を開けるけど、納豆と、しなびたキャベツしかない。近所のスーパーはいまだにカップ麺が品薄だ。カップヌードルでさえ贅沢品に感じられる日が来るなんて思いもしなかった。

冷凍ご飯と納豆でお昼ご飯をすませる。

どれだけお昼ご飯の時間を削って働いても、「忙しそうだね」「がんばってるね」と声をかけてくれる人はいない。

リモートになって以降、最初の1週間はうれしかった。さらば満員電車。さらば上司。なのに最近は、オフィスでさえ恋しい。

オフィスを思い浮かべいて、ある人を思い出した。そういえば、あの人はどうしてるだろう。私と同期のサヤカが、こっそり「ぷーさん」と呼んでいるあの警備員さん。

「ぷーさん」は40代くらい、いわゆる「警備員」のイメージとは反対の、柔和な雰囲気のおじさん。ほかの警備員の挨拶を「お早う御座います!」と表記するなら、彼の挨拶は「おはよーございます〜」という感じ。

言うまでもなく、私とサヤカが彼をぷーさんと呼んでるのは彼のそのおっとりしたキャラクターゆえだ。

なんとなく罪悪感とともに彼のことを思い出すのは、リモートになる直前の出来事のせいだ。

本社勤務の最終日、私はひどく焦っていた。今日中になんとしても受け取らなきゃいけない大事な書類が、まだ届かない。先方からはすでに送った旨の連絡を受け取っている。社内便に紛れこんで、誤ってほかの部署に届けられてしまったんだろうか。ごく稀に、そういうことはある。しかし今日に限ってそんなこと、勘弁してくれ。

苛立ちながらエレベーターを待っていたときだった。

「田畑さん」

後ろから声をかけられ振り向くと、声の主はぷーさんだった。

「お届け物、来てます」

焦れながら待っていた書類だった。ああ、助かった。お礼もそこそこにフロアに戻り、無事に上司のハンコももらえた。これで明日からのリモートは安泰だ。

安堵しながらインスタントのコーヒーを淹れる。お湯を入れながら、ふと気づいた。ぷーさん、私の名前覚えていてくれたんだ。もしかして、あの人は、全社員の顔と名前を覚えているのだろうか。いくら社員証をつけてるとはいえ、全員分を覚えるのは相当な労力が必要だ。そう気づいて、いきなり恥ずかしくなった。向こうは私を覚えてくれているのに、私は彼を「ゆるキャラ」扱いしていたなんて。


本社に誰もいない今、ぷーさんはどうしているのだろう。誰もいなくても、警備は続くのだろうか。無事に家に居てくれたらいいけど、何もわからない。


・・・


今日のnoteは、kicchanの提案で始めた日記企画です。


昨日のkicchanがこちら。

センタルギウユってなんだろうと思って調べたら、めちゃかわいい物体出てきた。あ、セン(生)・タルギ(苺)・ウユ(牛乳)か!

今日は私の番。好き勝手に、妄想日記を書いてみました。ていうか、後半、もはや日記ですらないただの妄想になってしまった。ごめんね。次は榊ちゃんです。大きなルールもなく、打ち合わせもなく、しかし伏線は張る(かもしれない)日記企画。ほんとうの毎日に向き合うのが疲れてきたので、たまには嘘ばかり書くのも楽しいね。


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