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【Day7】 ホイアンロースタリーにて

ホイアンには、ホイアンロースタリーというコーヒーチェーンがある。おそらくはローカルなチェーンなんだろうけれど、ホイアンの旧市街だけでもいくつか店舗があり、その存在感の大きさはまさにスタバ。

緑で統一された店内はおしゃれで落ち着いており、Wi-Fiも使えるのでノマド風の人もちらほら見かける。

強い日差しを浴びながら街中を歩き回ったあと、冷たいベトナムコーヒーを飲みながら読書をするのが、ホイアン滞在中の私のささやかな楽しみになった。

その日は、手塚治虫の「火の鳥」を読んでいた。

言うまでもなくおもしろいし、古びることのないストーリーとダイナミックな画面構成に驚くばかり。しかしどうしたって、1つひとつのエピソードはヘビーだ。何十億年という壮大な時間軸の中で描かれるため、どんなに気に入った登場人物が出てきてもたいてい死ぬ(陽気なホイアンの街で読むには、けっしてぴったりな本とは言い難い)。

そんなわけで、1つのエピソードを読み終わり、感嘆のため息をついたときだった。

隣の席から、声をかけられた。

「にほんじんですか?」

「ですです」と答えながら隣を見ると、おそらく韓国人らしい男性がいた。おそらくは少し年下だろう。

「ハングクサラン、イムニッカ?(韓国人ですか?)」

私が覚えている数少ない韓国語で、聞いてみる。

やはりそうだった。彼もひとり旅でベトナムに来ているらしい。

「学生なの?」と聞くと、兵役中だと答えた。名前をミョンウという。

兵役中でも旅行ってできるんだね?と私は驚いたけど、どうやら素行に問題がなければ海外旅行も可能らしい。ただし、毎晩上長に電話で報告をするとのことだった。

私は韓国がとても好き。10回以上行ったよ。そう伝えると、ミョンウは嬉しそうな顔をした。僕も日本がとても好き。東京、大阪、京都、福岡も行った。福岡には留学もしたそう。

「だけど最近は、お互いちょっと行きづらい…よね?」

そうだよね、と私は頷く。ちょっと気まずい気持ちになって、アイスコーヒーの氷をかき混ぜる。

「こんな状況、早く終わればいいのに」

うん、そうだね。私もそう思う。気の利いたことも言えず、ただうなずくしかできなかったから、全力でうなずいた。


・・・

ミョンウには付き合っている彼女がいて、彼女は今年から社会人になったそうだ。

「ねぇ、わかる?俺は同じ場所にずっといる。そのあいだに、彼女はどんどん次のステップへと進んでくんだ。これって、すごく焦るよ。」

そっか、兵役中に別れるカップルは多いと聞いていたけれど、単に「会えない」だけが理由ではないのか。前会ったときは学生だった彼女が、次に会うときには会社員の顔をしている。それはきっと、私が想像するよりももっと焦ることなのだろう。

「しょうがないから、兵役のあいだも勉強をつづけてる」

彼の流暢な英語と日本語は、きっとたゆまぬ努力の賜物なのだろう。なんだかふたりを応援したくなった。

「あなたのボーイフレンドは、ひとり旅に反対しなかったの?」

「反対はされなかったねぇ」

「彼は、あなた自身の意志を尊重する人なんだね」

あなたの意志を尊重する人。いい言い回しだと思った。


・・・


コーヒーを飲み終わり、店を出た。

連絡先を交換するわけでもなく、フルネームさえ知らない。旅の中には、そんな出会いがあふれている。

アイスコーヒー1杯を飲みおえるまでの、ほんのすこしの時間のたわいない会話。だけど、こんな時期だからこそ、「あなたの国が好きだ」と言ってくれる人と話せてよかった。「私もあなたの国が好きだ」と言えてよかった。

かなしいニュースを目にすることが多い日々だからこそ、この日のなんでもない会話をわすれちゃいけないな、と思っている。


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