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摩天楼にまどろむ獅子 ~摩天楼に眠る獅子より~

「摩天楼にまどろむ獅子」 
             ゆりの菜櫻


 ハリーファが泊まっているホテルは、ウィンブルドンの祝賀会が行われているホテルと同様、ロンドンでも一、二を争う老舗であった。
 クリスは昨夜、ここで騙されるようにして、ハリーファに抱かれ、さらに今朝になっても彼のいいようにされていた。
 今は既に夕方で、壁一面がガラス張りのスイートルームの寝室には、明るい日差しが降り注いでいる。
 六月のロンドンの夕方は、まだまだ昼も盛りの明るさだ。
 そんな中、クリスが耳を澄ますと、静かな寝息が聞こえる。ハリーファだ。かなり疲れていたのか、クリスとの事が済んだ後、ハリーファはくつろいだかのようにクリスの腰に手を回したまま、寝てしまったのだ。
 安心しきったかのように眠るハリーファを起こすのが忍びなく、クリスは上半身だけ起き上がらせ、枕を背に静かに本を読むしかなかった。
 特にハリーファの身の回りの世話をするニコライから、『殿下がこのように他人を傍に置き、深く眠ることはございません。余程、クリス様には気をお許しになっていらっしゃるのでしょう。プラハの事件から、お忙しくされていましたので、どうぞそのままにしていただけないでしょうか』などと言われては、『困ります』とも言えず、ハリーファに腰を抱かれたままになっている。
 結局は何だかんだと言っても、クリスもハリーファには甘いのだ。ただし、それをハリーファには知られたくないが。
 クリスは静かに寝ているハリーファに視線を落とした。彫が深く、目を閉じていても、かなりの美丈夫であることが窺い知れる。その彼がクリスの腰に手を回し、しがみつくようにして寝ている。まるで寝ている間に、どこにも行かないようにと言われているようだ。
 彼の幼少期に抱えていた孤独が伝わってくるような気がして、その手を振り払うことができないまま、こうやって何時間も読書に耽っている。クリスもお人よし過ぎると自分で自分を叱咤するが、それでも彼の手を退けることができなかった。
「まったく君は狡い。どこまでが計算なのかよくわからない」
 ―――よくわからないが、ハリーファのモノクロの世界に、少しでも色を与えることができるのなら、踊らされてもいいのかもしれない。
 ハリーファの髪をそっと撫でた。するとクリスの胸に急に切なさを含む愛しさが込み上げてきた。自分でも認めたくない感情だ。
「早く起きろよ、ハリーファ。いつものように、ふてぶてしい顔で私を見つめてこい」
 願うように囁く。そしてこの願いが彼の鼓膜に届くことを祈り、そっとハリーファの耳朶に唇を寄せたのだった。
                   END


「摩天楼に眠る獅子」(KADOKAWA フルール文庫)

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