アマチュアホルン吹きがホルンを新調する話【前編】

「楽器、値上がりするらしいですよ!」
所属している楽団のパートリーダーが教えてくれた。
今年中に楽器を買おうかな、などとやんわり考えていた矢先にこれである。ホルンはただでさえ高級な金管楽器の部類に入るのに!
日本国内で高いシェアを誇るドイツの老舗メーカー・アレキサンダーは約40万円ほど値上がりする予定。値上がり前の現在、約百伍十萬円也。すでに新車が買えるお値段。

正直今すぐどうこうするつもりもなく、いつでも購入できる準備を整えておこう、くらいの思い付きで、楽器店を訪れてみることにした。
まさかたった一日で、人生最高金額の買い物を決断するに至るとは知りもせずに…。



楽器を購入するための準備とは、次のとおりである。
その1「いろんな楽器を試奏していくつかのメーカーに絞る」
その2「メーカーの中から予算や能力、好みに合ったものを選ぶ」
その3「楽器店の在庫をプロ奏者に試奏してもらい最もよい楽器を選んでもらう、または既にプロが選定した楽器を購入する」

その1・その2は購入するしないに関わらず、自分のタイミングで進めておける。しかもちょうどよいことに、パートリーダーから値上げ情報を仕入れた日の翌日、東京・新宿方面に出かける用事があった。音大出身の友人によると、楽器はまず都内の楽器店に納品され、そこで売れ残ったものが地方へ流れていくものらしい。品ぞろえも桁違いであるため、必ず都内で楽器探しをするよう友人から念を押されていた。
次の日、私はマウスピースをカバンに入れて外出し、午前中に用事を済ませ、その足で楽器店のある新大久保へ向かった。

管楽器専門店「DAC」を選んだ理由、それは、気になっていたメーカーの楽器をひととおり試奏できるからだ。
YouTubeで検索すればプロ奏者が数々のメーカーを吹き比べしている動画が出てくる現代、なんと便利な時代であることか。
これぞ私が理想とするホルンの音色だと惚れ惚れしたメーカーに出会ったのも、YouTubeがきっかけだ。

中学2年生の頃から吹いてきたヤマハの銀ホルンは、親がインターネットで購入したもの。私にも親にも、楽器購入を顧問の先生に相談するという考えはなかった。銀ホルンにしたのは、当時の私が金より銀が好きだったからという、今から思えばとんでもない理由だった。
この頃の私は楽器の材質で音色が変わるとか、太ベルが吹奏感に及ぼす影響とか、楽器を選ぶ上での基本的な知識がまるっきり欠如していた。自前で楽器を持つに足らない輩が、おこがましくもマイ楽器を手にしてしまったと言わざるを得ない。

のちになってから銀ホルンは音色や抵抗感にかなりくせがあると理解し、なんとかうまいこと付き合ってきたわけだが、やはりあてがわれたものではなく、好きな楽器を自分で選ぶ憧れがやむことはなかった。
国内外のメーカーを吹き比べして、息を吹き込めば想像通りの音を奏でてくれる、まるで自分のからだの一部かのように思える楽器に出会えたら、どんなに幸せだろうかと夢想する日々。たとえ何年ローンを組んだとしても、ホルンを購入するための心構えはとっくの昔にできていたのだった。

続く


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