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関東大震災朝鮮人・中国人虐殺から100年を迎え

今年で関東大震災が起きて100年。

そこかしこでポスターは見かけるものの、朝鮮人や中国人の虐殺に触れたものが極めて少ない。

私は無類の韓国オタクでありながら、過去の加害の歴史や在日外国人の置かれる差別を見聞きしている。


朝鮮人虐殺については在日当事者だけでなく、日本人でも長年研究されてる方がいることを知ったのはほんの5年くらい前である。

恐ろしく知識の乏しい中で、韓流文化を楽しむ一方でこの惨劇に真摯に目を向け続けて行きたいと思っている。

関連追悼式典も日本や韓国を中心に、あるいは合同で行われる。

また、虐殺の節目に合わせて、間違えて殺された日本人を熱かった「福田村事件」の上映が始まる。


この映画を手がけた森達也監督はこう語る。

たどり着いた結論のひとつが『人間は、凶悪で冷血だから残虐な行為に及ぶわけではなく、とても善良なままで、それができる生きものなのだ』ということ。

もうひとつが『集団化』。大災害や大事件に直面した時、人は不安や恐怖を感じ、群れようとする。群れ=集団の中では『同質』でいることを求めると同時に、『異質なもの』は排除し、攻撃しようとする傾向が強まる。そして、『個としては善良な人たちも、集団化すると変貌し、凶暴な行動に出る』ということでした」

現代ビジネス「朝鮮人が襲ってくる」「井戸に毒を入れた」…関東大震災から100年の今、映画『福田村事件』が問う“日本人の本性”(西岡研介)


参考記事


未だに続く朝鮮人差別

東京都人権部は精神病院患者の朝鮮人を描いた映像作品を展示したが、突然許可取り消しになった。

この作品は飯山由貴さんの作品で、精神病院患者の精神観を在日コリアンラッパーFUNIさんが表現したものである。

展示の際何の問題もなかった筈が、急に訳の分からない理由を付けて作品の展示を不許可にした。

これに対して飯山さんとFUNIさんたちは人権部とアポイントを取って話し合いの場を設けた。


にもかかわらず、職員は見え透いた言い訳を並べ、ひたすら抗議する飯山さん達を無視し続けたのである。

その様子はこちらの動画に詳しくある。

動画に出てくる職員の言い草が酷い。

真っ当な飯山さん達の訴えにきちんと答えず、はぐらかすのである。

担当者をお願いすると「都民の対応をしている」とのこと。

彼女たちも都民であるが、何が違うのか、理解不能である。

惨劇から100年、私たちが出来ることは?


まず初めに、朝鮮人虐殺を初めからデマだとかなかったとと言う人はここから先読まないで下さい。


しかし、「よく分からない」「あんな酷いことは許せない」と少しでも思うなら聞いてほしい。

1 「朝鮮人虐殺はなかった」などのようなタイトルや見出しの資料には手を付けないで欲しい。

上記の書籍や記事には「これでもか」というくらい虐殺の事実をくどいほど書いているが、これらは歴史学的にデマと認定がされている。

2 100年の節目で様々な企画があるので足を運んでみる。

8月から9月にかけて、大小数々の虐殺を扱った行事や式典、学習会もある。

私が把握しているだけでも、どこも内容が濃く足を運んで損をするところはない。
(虐殺はなかったや矮小化するような企画は論外だが)

一つだけ勧めるなら、新大久保の高麗博物館が初めてでも分かりやすい。

いわゆる「意識高い系?」だけでなく、初心者や中高生の姿もしばしば見られる。

予約なしでも大丈夫かもしれないが、予約して来場をすることを勧めたい。分からなかったらスタッフの方に聞くと分かりやすく教えてくれる。


もしご自身が「本当の意味で善良な人でありたい」と思うなら、これからの100周年の関連規格に是非足を運んで欲しい。

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