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有線七宝との出会い

私は吹きガラスのうつわに、有線七宝の技法を施す「ガラス胎有線七宝」という技法を使って、酒器や茶道具などを作っています。

この「吹きガラス×有線七宝」という技法を編み出した経緯や、技法について聞かれることが多くなり、いつか纏めたいと思っていました。

少し書きすぎてしまいましたが、創作の葛藤や経験をここに書いてシェアすることで、だれかのなにかヒントになることもあるかもしれない。そして何よりこれを書いたことで、自分自身が原点に立ち返ったような思いがして。大切なことだと思ったので、ちょっと気恥ずかしいですが、アップしてみようと思います。

よろしければ、ご覧ください。

* * *

有線七宝との出会い

2012年の夏のある日。富山県のガラス工房に勤めていた私は、ものすごく悩んでいた。

これからガラス作家としてやっていくには、自分の作品が力不足であることは分かっていた。ガラス作家として認められるには、そして何より自分自身が納得出来るような表現をするにはどうしたら良いか・・・。そんな出口の無い考えで、頭の中がいっぱいだった。

何かヒントがないかと本屋さんをブラブラしていたら、背表紙の薄い一冊の本が目に留まった。

「七宝 SHIPPOー色と緻密の世界ー 」というINAXから出版された図録のような本で、明治時代の超絶技巧によって作られた、美しい七宝の写真がたくさん収められていた。

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写真を眺めながらどんどん心が落ち着かなくなって来た。その時は七宝についてなんの知識も無かったから、初めて見る七宝の表面がガラス質なことに驚いて。

なにこれなにこれ、すごく綺麗・・・!

本を買ってすぐに下の階のスタバに行って、夢中でページをめくっていると、一つのグラスが目に止まった。そのグラスには鷺の絵が描かれていて、眼だけが金線で出来ていた。

「恒川愛三郎(?〜1946)は、ガラスにガラスを溶着させるガラス胎の開発に、その生涯をかけた」

と下に小さく書かれていた。

有線七宝というものは通常、銅で生地を作り、その上に銀線や金線で模様を描いて焼き付けていく。金属同士は焼き付けてもそんなに負荷がかからないのだけど、ガラスにとっては銀は不純物。融点や徐冷点が全然違うので、歪みとなってガラスにヒビが入ってしまったり、化学反応をおこして変色したりする。

でも当時はそんなこと全然知らなかったから、静かな興奮に一人で燃えていた。

これ、ガラスで出来る気がする・・・。
多分、とっても難しいのだろう。生涯をかけて研究する人がいるくらいだし。でも、これなら打ち込める気がする!

* * *

 これからどんなものを作りたいかを考えていた時に、ガラスに具象的なモチーフを描けるようになりたいとずっと思っていた。私が憧れて来た様々な作家たちが、具象的なモチーフを描く人が多かったのも影響していると思う。

そしてずっとずっと、季節の美しさを描きたかった。

その頃に住んでいた富山県は本当に自然が豊かで、
梨の花、たんぽぽ、レンゲ畑、合歓の木、蜻蛉が飛び始め、蓮、山の紅葉、雪……。

次々と移り変わっていく季節の美しい瞬間。描きたいものがたくさんあった。

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(私が暮らしていた富山県呉羽町は梨の産地で、春になると一面真っ白な梨畑を見ることが出来た。そして北陸はだいたい曇り空)

 そんな心動かされる瞬間をどうしても表現したくて、サンドブラスト、切子、バーナーワークなど、ガラスの様々な技法を習得するためにワークショップを受けたり、講座に通ったりしてみた。やってみるとそれぞれ楽しく、学ぶことも多かった。

 でもなぜか、どれも違う気がしていた。ガラスは死ぬまでやり続けたいと思っているけれど、どの技法も今後ずっと続けていくようなビジョンが見えなかった。

今思うと、どの技法もすでにその道の尊敬する作家がいて、同じ道を行くのが怖いというネガティヴな考えもあったと思う。死ぬまでやるなら、他の人がまだやっていない何かを見つけなくては作家として生き残れない、と思った。

 でもこの有線七宝なら。髪の毛のように細い銀線で、繊細なモチーフを描いていける。これを吹きガラスの器に施すことが出来るようになったら、まだ見たことのない世界が作り出せるかもしれない。それができたらどんなに楽しいだろう。

実験の日々

そこからはとにかく毎日、実験の日々が始まった。参考書なんかもちろん無いので、とにかく色々なパターンをやってデータを集めるしかない。

七宝の釉薬(ガラス質の粉で、絵の具みたいなもの)は発色を良くするために「水師」という作業をする。釉薬を水で洗って、余分な粉を落としてから水を含ませた状態で使用するのだけど、そんな事ももちろん知らなかったので、細かい銀線の枠の中に、どうやって釉薬の粉を飛び散らせずに入れるんだ!?なんていう初歩的なところにすら、何日もつまづいたりしていた。

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ベットに横になっても、ずっと頭は七宝のことばかり。もしかしたらこうすれば良いんじゃ、、、!?というアイデアが浮かぶと、夜中でも飛び起きてノートにアイデアを書いては実験を繰り返した。

初めてなんとか形になったのは2014年だったと思う。1、2年は失敗ばかりで作品にはならなかった。

初めて人の手に渡ったガラス胎有線七宝の作品は、ガラスの塊の表面に、銀線で紫陽花を描いたペーパーウェイトだった。今思い返してみると、とても拙いものだったけれど、このシリーズが欲しいと思ってくれる人が現れたことが、とてもとても嬉しかった。

でも。私には目標があった。

私が吹いたガラスのうつわに、有線七宝で絵を描きたい。

でも、通常の七宝焼きのように銀線で模様を施して、全体に釉薬をかけて焼いて、磨いていくという工程は、ガラスには向かないと思った。

重くなり過ぎるし手間がかかり過ぎて、一体いくらの値段をつけるつもりなんだ?というような大作しか作れなくなってしまう。(そういうのもやってみたいけど)

 もっと吹きガラスの軽やかさを出した、日常にも使えるうつわを作りたい。でも方法が浮かばない。悶々とした日々が続く。とにかく実験を重ねるしかないんだ、とわかっていても焦っていた。

そんな時に転機がおとづれた。

「SAVOIR VIVRE」との出会い

 学生の頃からの憧れのギャラリー「SAVOIR VIVRE」に2016年の春、一人で伺った。

 その時はある作家さんの個展を観に行ったのだけど、ちょうどご本人がいらっしゃらない日だったので、一人で作品をじっくり観ていた。するとギャラリーのオーナーの一人、外山さんが声をかけて下さった。

 たまたま誰もいない時間で、しばらく話していたら、「あれ、もしかして作家さんなの?どんなもの作ってるの?」と聞いて下さった。

なんの準備もしていなかった私は、慌ててスマホの中に入っているいくつかの写真を開いて、ドキドキしながら差し出した。

 そうしたら、そこからが凄かった。

私が聞きたかったこと、悩んでいることを写真を見ながら外山さんはズバズバと指摘して下さって、

「そうなんですっ!そういうご意見がすごく欲しくて!!」

と私は嬉しくてなんだか苦しくて、今すぐにでも制作に取り掛かりたくなった。

 大人になると、色々と意見をくれる先生のような存在が、ものすごくありがたく貴重だとわかる。わざわざ時間を割いて自分に向き合ってくれることのありがたさ。でもそのアドバイスはやっぱり誰でも良い訳ではなくて。

 外山さんは「とりあえず実物を見てみないとね。もう一人のオーナーの宮坂さんにも見てもらおう」と言って下さり、後日宮坂さんにもお会いすることが出来た。

 二人とも本当に様々なご意見をくださったのだが、その中でも二人とも共通していたものが

「モチーフを全部七宝で作ってしまうと、作品が硬すぎるんじゃない?絵付けも試してみたら?自由な線を加えることで、七宝部分がより引き立つと思うよ」

というものだった。

 (エ、エナメル絵付けかぁ〜〜〜〜〜)

正直ガラスを始めてからは、立体物ばかりをやっていて、平面的な表現に自信が無かった。エナメル絵付けは大学で少しだけ習ったけど、正直あんまり覚えていない(泣)。七宝を焼き付ける温度とエナメルを焼き付ける温度が合うのかも不安・・・。

でもでも!やるしかない!!

何よりこのアドバイスをいただいてから、頭の中にわずかに完成形が見えて、不安よりも好奇心がまさっていた。確かに全部を七宝にしなければ、重量も減らせるし日常使いも可能になりそうだ。

個展

そうして2018年の春。たくさんの失敗を重ね、ようやく吹きガラスのうつわに有線七宝と絵付けを定着させることが出来るようになった。

そしてその年の初夏。SAVOIR VIVREで「吹きガラス×有線七宝」の技術を用いて個展を開催させていただいた。

個展のタイトルは「はなむすぶ」。
初夏の展示だったので、夏野菜をモチーフに、花が野菜となって実っていくところを描きました。初めて完成した時は、嬉しかったなぁ。

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現在とこれから

長くなりましたが、このようにして「ガラス胎有線七宝」の技法を編み出し、今は更に表現の幅を広げるべく、日々ガラスと向き合っています。

書いていて、やはりたくさんの人との出会いや家族の支えがあってこそ、生まれた表現方法だということを改めて思いました。だからこそ、大切に磨いていきたいし、これからも手をかけて美しいものを作れるよう、精進していきたいと思います。

今回は技法を編み出した経緯について書くことだけで、思った以上に長くなってしまいました。まだnoteにはプロフィールも書いてないのにね。

作品や展示会のお知らせは主にinstagramで発信しています。

noteでも改めて自己紹介&作品紹介をしていきたいと思います。

ここまで読んで下さって、ありがとうございました。


 






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