京都SM官能小説 『縄宵小路』 第13回
第三章「調(しらべ)」其の一
高辻との最初の対面は、初めて高筒庵へ訪れた日の永楽さんとの諸々の手続きを終えた後のことだった。
「そや、坊ちゃんがお会いしたいそうやから、ちょっとお部屋まで来ておくんなはりますか?」
そう言って二階にある書斎まで案内された。
「それにしても珍しいことやなぁ……しかし……」
階段を登る途中、前を行く永楽さんが独り言のように呟いていた。
書斎は二十畳ほどありそうな広い部屋で白基調のインテリア素敵な空間だった。建物全体は和モダンのラグジュアリーホテルのような体裁だがこの部屋だけは高辻の趣味でリフォームをしたという。奥にはガラス製の大きなデスクと背もたれの高い白いレザーのチェア、手前には素材はわからないがいかにも高級そうなライトグレーのソファセットが置かれていた。
「坊ちゃん、白石さんお連れしました」
永楽さんがそう声をかけると、奥のチェアでタブレットの画面を見ながら足を組んでくつろいでいた高辻がこちらを向いた。少し驚いたような表情を浮かべたように見えたが、気のせいだったのかもしれない。センスのよいカジュアルな服装は京都の有名企業の当主というよりは、良い意味でIT企業経営者を匂わせるような出で立ちだった。
「白石さんでしたね、高辻です」
高辻はそう言いながら立ち上がりこちらへ歩み寄ってきた。近くまで来るとフワッと香水の良い香りがした。永楽さんが一歩下がってお辞儀をしたのに倣って私も頭を下げた。私は緊張して少し上擦りながら、「白石優里香と申します、よろしくお願いいたします」とだけ答えた。
高辻はそんな私の様子を気にすることもなく、私の全身を一瞥した。そして、少し間を置いてから口を開いた。
「永楽から聞いていますが、家政婦の仕事は初めてだそうですね?」
低く艶のある声色で発せられた標準語の問いになぜか背筋が伸びた。
私は緊張で声が震えないように注意しながら答えた。
「……はい……初めてです……」
「そうですか……まあ、気負わずに頑張ってください」
そう言いうと高辻は次があるのでと書斎を出て行った。私はその後ろ姿を見送りながら、「ありがとうございます」とだけ答えた。
「坊ちゃんは、東京に長く居はったから向こうの人来はると標準語になるんよ」
永楽さんは高辻が出て行ったドアに一礼すると私に向き直り、少し笑いながら教えてくれた。私も納得して頷きながら思わずクスッとしてしまった。高辻との初めての対面は、拍子抜けするほどあっさりと終わった。
この日から約十日ほど後に私は幼い娘を連れて京都へ移り住んだ。
高校時代に語学留学をした以外には東京を離れたことがなかったことに気づいた。元の家族や両親には東京を離れる旨のメッセージを送ったが返信はなかった。そのことに自分が背負っている十字架や孤独を感じたが、不思議とこれからの生活に不安や心細さはなかった。幼い娘を守りたい……その一心だった。
つづく