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同じクラスのオナクラ嬢 第21話


 携帯電話を弄っていた九条友里が「えっ」と声を出した。何があったのか知らないけど、わざわざそんな声に出さなくてもいいだろうに、とあたしは思う。何か聞いてほしいのであれば、直接言うべきだ。今まで、そういう態度をとれば誰かが構ってくれるような、そういう人生を過ごしてきたのだろう。
「どうしたんですか、九条さん」
 無視するのも感じが悪いので、あたしは訊いてあげる。すると、九条は声を出してしまったことを恥じるように、口許に今更手を当てた。そういう言動が、いちいちあたしの癇に障るが、これはあたしの性格が悪いからなのだろうか。
「あ、うん。鏡花が、今日のゼミ休むみたいで。珍しいなと思って」
 言って、九条はあたしに携帯電話の画面を見せてくれた。表示されているトークアプリの画面上で、名越鏡花のアイコンであろう花の写真から『友里ちゃんごめん。体調悪くなったから今日のゼミ休むね。堀田教授によろしくお伝えください』と吹き出しが出ている。その下にはどこかで見たことあるような漫画のキャラが両手を合わせて『ごめん!』と言っているスタンプも送られていた。
「季節の変わり目ですしね。あたしたちも気をつけないと」
 あたしが言うと、九条は「うん、そうだね」と頷く。「鏡花、大丈夫かな。酷くなければいいけど」と呟く。なんだそれ。誰に対してアピールしてるんだ。友達思いの健気な九条さん素敵、とでも思われたいのか。わざわざ口に出さなくてもいいだろうに。
 そう思ってから、そんなことを思ってしまう自分が嫌になり、こうやって自分を嫌にさせるきっかけをつくった九条友里のことをやはり嫌になる。もうどうしようもない。あたしはこういう性格なのだ。
 とはいえ、名越鏡花がいないというのは気が楽になる。あたしはあの女が嫌いだ。一見、誰にでも優しいようで、自分以外の全員を見下しているあの女が苦手だ。ゼミの最中も教授に気に入られたいのか積極的に意見を言ったり、誰もがわかりきっているから聞かないような愚問を敢えて質問することで教授が話しやすい雰囲気を作ったりと、そういう小賢しいところが、本当に見ていて苛々する。そんな名越鏡花がいないのなら、今日のゼミはいつもよりものびのびとしていられそうだ。
 そういえば、とふと斜め後ろの方を見ると、今日は沖内正くんがまだ来ていない。いつも座っている席の近くには、唐沢晶さんがひとりで座っているだけだ。そこであたしは少しだけ嫌な予感がした。
まさか、名越鏡花が動き出したか?
 もしこのまま正くんも休みなんてことになれば、その疑惑は濃厚になる。この前、正くんは名越鏡花と30分近くキスしたとか言ってたな。あの糞女。抜け駆けしたか。まずい。正くんなんて糞雑魚童貞男子だから、あの名越鏡花にディープキスなんてされたらそれだけで堕ちるに決まっている。あの女のことだ。どうせ自分からキスして告白して相手を篭絡しておいて、後で答えを聞かせて欲しいなんてほざいて、無駄に自分のことを考えさせておいてから、相手が自分に夢中になるのを愉しんだりしているのだろう。性格の悪い糞女の考えそうな糞シナリオだ。あたしも性格が悪いからわかる。しまった。あの時、正くんに言われた時に対処しておくべきだった。今後のことも考えてさすがに同じゼミの同級生相手にそこまでしないだろうと思っていたあたしが馬鹿だった。今頃、正くんは名越鏡花とよろしくやっているかもしれない。許せない。正くんの童貞は道理的にもあたしがもらうべきなのに。よりにもよって名越鏡花みたいな糞ビッチ腹黒悪魔女になんて渡したくはない。
「ね、ねえ、唐沢さん」
 あたしは、唐沢さんに話しかけてみた。
 唐沢さんはあたしから声をかけられたことが少し意外だったのか、いつもよりも目をぱちくりとさせてあたしを見た。
「え、どうかした、神永さん?」
「いや、いつも早くいる沖内くんがいないなぁと思って。名越さんも今日休みみたいだから、風邪でも流行ってるのかなーとか、心配になっちゃって。唐沢さんに、何か連絡とか、来てませんか?」
「ああ、うん、私もどうしたのかなって思ってるんだけど、連絡は来てないよ」
「そ、そうですか……」
 終わった。正くんが名越鏡花に喰われた。あんな女と初体験したら、正くんの記憶には一生名越鏡花のことが残るだろうな。今後誰とそういう関係になったとしても、彼の頭の片隅には常に名越鏡花が存在するのだ。なんということだ。あのビッチ。そのまま滅べ。
 あたしが歯ぎしりをしながらそんなことを考えていたら、ドアが開き、沖内くんが「間に合った……」と言いながら入ってきた。
 おや……?
「沖内。遅刻ギリギリだぞ」
 唐沢さんが、溜息をつきながら、自分の隣の席をぽんぽんと叩く。
「ああ、ごめん。ちょっと、お腹の調子が悪くて……」
 嘘だ。下手過ぎる。正くんは基本嘘をつかないし、そもそもつけない人だ。嘘を言う時は、必ず頭を掻きながら言う。今の台詞を言うとき、頭を掻いていた。なら、お腹の調子が悪いと言うのは嘘だ。ではなぜそんな嘘をつく必要がある?
 あたしは眼鏡に手を当てた。キラっ、と眼鏡が天井の蛍光灯の明かりを反射させた。
 嘘をついたということは、遅れた理由をそのまま唐沢さんに言うのは何か不都合があると考えたからだ。あたしはじっと正くんの顔を見る。そこですぐに気づく。彼は普段リップなんかつけていないのに、今日の彼の唇は少し艶がある。それも、点々と、不自然に。普通にリップを塗ったのなら、ああはならない。ああいう風になる原因として考えられるのは――普段からリップを塗っている人にキスをされた時、だ。ほのかな桃色には見覚えがある。名越鏡花が普段つけているリップだ。となれば、やはり、ついさっきまで正くんは名越鏡花とキスをしていたのだろう。嘘をつくのもわかる。そりゃあ、名越鏡花とキスしていたら遅れそうになった、なんて相手が唐沢さんじゃなかったとしても言えないだろう。
 次に問題となるのは、名越鏡花がゼミを休むと九条友里に連絡を入れて、正くんだけがゼミに来たこの状況だ。何があればそうなるのか。もしも正くんが名越鏡花に堕ち切ったのなら、ふたりでゼミを休んでどこかで休憩するに決まっている。そのタイミングをあの女が棒に振るわけはない。ということは。まさか。まさかなのか。可能性としては考えられるけど、本当にそんなことがあるのか。

 ――もしかして、名越鏡花、正くんに振られたのか?

 まずい。
 声が出そうになった。
 叫び声を上げそうになってしまった。
 あたしは口元に手を当てて、俯く。
 そうだよな。考えられる可能性として、現状を踏まえた上で考えるなら、最も起こった可能性として高いのは、そういうことだよな?

 ざ……。
 ざまあああああああああああああああああああああああああああああああ!!
 名越鏡花、ざまああああああああああああああああああああああああああ!!

 にやにやが収まらない。笑っていることがばれないように両手で顔を覆うが、肩が小刻みに震える。傍から見たら泣いているように見えるかもしれない。隣の九条友里も心配げにあたしの方を見ている。大丈夫だから九条友里。気にしないで九条友里。
 正くん、グッジョブ! よくやった! よく耐えた! 偉いよ正くん!!
 見たかったなあ、名越鏡花が振られるところ! どういう顔したんだろ! ざっこ!! 自分からキスとかしておいて、普通振られる!? しかも正くんみたいな雑魚童貞に! 無様過ぎない!? 惨めすぎ!! もうチャラでしょ! 今まで何人堕として来たのかしらないけど! 残念でした! 正くんに振られた時点でもう女尊値リセットです! むしろマイナスです! そりゃゼミも休むわ! 大草原不可避!! 
 ようやく感情が落ち着いたところで、はぁーと息を吐いて、呼吸を整える。
 それにしても、正くんみたいな糞雑魚蛞蝓童貞がどうしてあの糞ビッチ女の誘惑を耐えることができたのだろう。やっぱり、まだあたしに未練があるのかな。可愛いところあるんだから、まったく。
 顔を上げて、正くんの方を見て、あたしはまたもや「おや?」と思う。
 なんか、正くんと唐沢さんの距離、いつもより近くないか……?
 あたしはまた眼鏡に手をかける。神永サーチオン。うん、近い。間違いない。いつもより2cmは近い。どっちだ。唐沢さんだな。彼女が、いつもより正くんとの距離を詰めている。心なしか正くんを見る目も、いつもより熱っぽい気もする。というか、そうだ。完全に女の顔になっている。友達を見る目じゃない。恋人を見る目だ。これはどういうことだ。
「体調、大丈夫か? 私の風邪が移ってたりしたら、ごめん」
「え? あ、ああ。大丈夫だよ。もう元気だから。本当に!」
 風邪? 唐沢さん、風邪でも引いてたのか? それが移るかも、と思うような状況があったのか?
「それより、唐沢はもう平気か? ぶり返したりとかしてないか?」
「ああ。おかげさまで、もういつも通りだよ」
「それは良かった! 具合悪くなったときは、ちゃんと言ってくれよ」
「あ、うん、ありがとう。そ、そうだよな。私たち、もう、その……」
「やばくなったときは、またお尻に挿入してや――」
「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
 唐沢さんの大声に、教室全体が揺れる。
「あ、ごめ……ごめんなさい」
 何故か立ち上がっていた唐沢さんが顔を真っ赤にしながらゆっくりと座り、正くんを睨みつけて小さな声でぶつぶつと言う。
「い、意味わかんないっ……! な、なんで今、そういうことっ……! 言うなよ!!」
「あ、そ、そうだよな……。ご、ごめん。みんなに聞かれるのは恥ずかしいよな」
「当たり前だろ!? 信じられない!! 馬鹿じゃないのか!? 知らない、もう!!」
 いったい何の話をしているのか……。お尻、とか聞こえた気もするけど、唐沢さんの叫び声でいまいち正くんの台詞が聞き取れなかった。
「ど、どうしたんだろ、唐沢さん」
 隣で九条友里も戸惑っている。
「なんか様子が変ですよね。最近、何かあったんでしょうか」
 別に九条友里に対して訊いたというわけでもなく、ほとんど独り言のつもりで言ったのだが、あたしの言葉に九条友里が反応した。
「最近――あっ」
「え? 何か知ってるんですか?」
 九条友里が、「あ、うん」と後ろのふたりには聞こえないように、あたしにしか聞こえないように、どこか嬉しそうな表情を浮かべながら、あたしの耳元で囁く。
「これは多分、内緒にしないといけないことだから。ごめん、ちゃんとは言えないんだけど。唐沢さん、最近、凄く良いことがあったみたいで。あ、今のに関係しているのかどうかはわからないよ。でも様子が変なのは、もしかしたらそれが関係しているのかも。ごめん、何があったのかは私もよく知らないし、本人から許可とってるわけでもないから、言えないけど。でも、なんか、最近大喧嘩した人とよりを戻したとか言ってて。戻したって言うか、それ以上……。あ、もうそれ以上は私の口からは言えない! いいなぁ、唐沢さん、恋してて……!」
 ほとんど言ってるじゃん。馬鹿なのか、この女は。
どこかうっとりしたように頬に手を当てて身を捩らせている馬鹿女は放っておいて、あたしは情報を整理してみる。
 以前、正くんは言っていた。

 ――唐沢を医務室のベッドに押し倒してえっちなべろちゅーをして……

 まず間違いないだろう。大喧嘩の原因は、多分、それだ。で、どうやら仲直りをしたらしい。それどころか、今の馬鹿女の話しぶりからすると、それ以上の関係になったようだ。
 ということは、親友関係から恋人関係にでもなったのか?
 改めて、あたしはふたりの様子を見てみる。
 確かに、唐沢さんの様子はいつもと違う。でも、正くんの方はどうだ? ついさっき、おそらく名越鏡花を振ったであろう(ざまぁ)ことを考慮しても、そんなに普段とは変わらない。もし恋人関係になったのなら、もっと浮かれていてもいい。というより、正くんならもっと態度に出るはずだ。
 あたしはひとつの仮説を立てる。

 ――唐沢さんが、一方的に、恋人関係になったと思い込んでいる。

 これだ。これが一番ありそうだ。
 唐沢さん、あれで思い込みが激しそうなタイプだし。
 正くんは正くんで、人に変な勘違いをさせそうな天然だし。
 可哀想になぁ、唐沢さん。あたしは同情を禁じ得ない。あんなに乙女な顔をしているのに。自分の思い込みだったと知ったら、顔を曇らせちゃうだろうなあ。
 でも、だ。
 ということは、やはり。まだ、正くんは童貞のまま、だ。
 なら、チャンスはある。まだ間に合う。まだ取り返せる。

 ――あたしが、初めての女になる。

 そう決意を固めていたら、堀田教授が教室に入ってきて、ゼミが始まった。
 途中、九条友里が正くんの方に自分の握った手を見せて、それを開く、という動作をして、正くんもそれ見て身体を痙攣させていたけれど、多分、なにか気持ち悪いプレイでもしているんだろう。頭のおかしいやつらだ。
 でも、大丈夫だよ、正くん。
 あたしが、もっと、気持ちの良いことをしてあげる。

 他の女のことなんて、考えられないようにしてあげるから――ね。





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