町田康が頭を抱えた「永久リフォーム理論」とは?:町田康『リフォームの爆発』から考える

2002年から2016年まで放映されていた『大改造!!劇的ビフォーアフター』を覚えているだろうか? 「匠」とよばれる建築士・大工が、問題を抱えた物件を改装していくという内容で、物件の見事な変貌ぶりを楽しめた。これをきっかけに「リフォーム」という言葉を覚えたという人も多いだろう。

住宅の新聞広告で「ビフォー」と「アフター」という言葉がよく使われるようになったり、悪徳リフォーム業者が社会問題として取り沙汰されるようになったりしたことからも、番組が社会に与えた影響の大きさは分かる。

「リフォーム」という言葉自体にも、単なる改装を意味するものではなく、日常をより良くするものというイメージがついていたように思う。家を改築しさえすれば、今の生活の問題は改善され、人生はより良いものになるという夢を見せてくれていたのである。

しかし、そんな住宅のリフォームについて、全く違う視点から迫った小説がある。町田康の『リフォームの爆発』(幻冬舎)だ。この物語では、リフォームに期待を寄せる側の人間の心の揺れ動きを描きながら、私達が陥りがちな思考のパターンを暴き立てていく。

主人公は、作者本人を思わせる男性小説家だ。彼は日頃から「細長いダイニングキッチンで食事をする苦しみと悲しみ」や「人を怖がる猫6頭の住む茶室・物置小屋、連絡通路の痛みによる逃亡と倒壊の懸念」などに頭を悩ませていた。

そうした不具合を解消するべく、リフォームを実行したまではいいものの、改築をすればするほど、ますます彼の悩みは深まるようになっていくのである。

”確かに不具合は解消されたが、その不具合が解消される過程で、或いは、不具合が解消された結果、別の不具合が見つかる。(中略)で、またリフォームする。また、不具合が生じる。また、リフォームする、ということを繰り返す”

こうした現象を彼は「永久リフォーム論」と名付け、どうすれば解決するのかをグルグルと考える。どんなに改築しても家には何かしらの不満が残るのだから、どこかで妥協点を探そうと試みるが、どうしても「もっと解消したい」という気分は抑えられない。「頭では理解できていても、身体が勝手にリフォームしてしまう」という状態に陥ってしまうのだ。

”リフォームは常に狂気の種子をはらんでおり、その種子は用意に芽吹き茂り、ともすれば狂気の密林にまで生長する。(中略)リフォームにおいて穏健な思想・常識を失えば、狂気に陥って苦しむことになるのである”

お察しだとは思うが大げさである。主人公の理屈はどんどん妄想のようになっていき、現実感を失っていく。思考も行動も読者の予想外の方向へと向かうので、読み進めるほど振り回されるような感覚を覚えるはずだ。(ボケ倒しの主人公にツッコミを入れてやりたいと思う人もいるはずだ)

しかし「永久リフォーム論」のような考えは、誰しもに思い当たるものがあるだろう。生活を良くするための行動が新しい悩みを生み出し、それを解決するためにとった行動がまた別の苦労を発生させ…というように、悩みというのは尽きることがない。

作中には「理想を掲げつつ、現実を生きなければならない」という文章があるが、これの意味するものは大きい。理想的な生活を夢見てばかりいれば、欲求という無限の渦に飲み込まれてしまうかもしれないのだから。

町田康(まちだこう)
小説家、詩人、ミュージシャン。
『告白』で第41回谷崎潤一郎賞。『宿屋めぐり』で第61回野間文芸賞。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?