「声が届けてくれるもの、読むことが与えてくれるものの力を信じて」  EPISODE3.ナレーター・「ソフィアの森朗読塾」主宰 斉藤ゆき子さん
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「声が届けてくれるもの、読むことが与えてくれるものの力を信じて」  EPISODE3.ナレーター・「ソフィアの森朗読塾」主宰 斉藤ゆき子さん

書評担当をしている私の元に昨夏、一冊の本が届いた。「奇跡の朗読教室〜人生を変えた21の話」。そうだ、私は小学校の時、国語の教科書を読むのが大好きで、新しい章に入って教科書を読む日は当ててもらえないかとワクワクしていたのだった。忘れていた記憶が蘇り、また本書から溢れる著者のお人柄にも触れたくて教室の門を叩いた。普段は数ヶ月待ちにもなるというこのレッスンにちょうど空きがあり、するりと入会できた私は、たちまち朗読の、そして先生の生み出す世界に魅了された。その著者であり講師が、斉藤ゆき子さんだ。


「実は朗読を教えたかったわけじゃないんです。それなのに気がついたら、朗読というお立ち台に立っていたという感じ」。8年前を振り返って、斉藤さんは言う。そのお話を伺うと、本当に導かれるように朗読講師になっていたのだとしみじみ感じる。
フリーアナウンサーとして長年、ナレーター、声優、演劇、話し方の講演など、およそ「声」にまつわるあらゆる仕事をしてきた斉藤さん。商品のCMなら消費者に向け、リクルートなら新卒の学生に向けて、どんな「声」を届けることで、クライアントの思いが伝わり、聞き手の心が動くのかを模索し続けてきたという。その誠実で熱心な仕事ぶりと落ち着いた声質に、大手企業や官公庁などの仕事でも高く評価されていた。

その前途が遮られたのは、2011年3月11日。痛手を被ったのは、被災者の方だけではなかった。広告代理店を通じて請け負っていた斉藤さんの仕事は完全にストップした。非常時の社会で自らの仕事の無力さを感じた。自分の積み上げてきたもので何か、世の役に立つことはできないか。「話し方」「人づき合い」といったテーマでコミュニケーションの講座を開こうとチラシを刷り、地元で配ったが、誰ひとり関心を寄せる人はいなかった。途方に暮れていたある日、スーパーである母子の様子が目に飛び込んだ。「商品をベタベタ触っている幼い子に向かって、母親が“そんなことするなら、ご飯あげないよ!”とピシャリと言ったんです。そんな怒り方ってある? こんな言葉で育てられてはダメだと危機感を感じました」。そのために自分のできることは何か。コーチングを身につけようと思い立って毎日スクールで学び、コーチを指導する資格まで取得した。ウェブサイトを立ち上げ、新たなスタートを切った。屋号は先生に「ソフィアの森コーチング」と名付けてもらった。

ところがそこに最初に応募してきたのは「読み聞かせを教えてほしい」という女性だった。「私のプロフィールを見て、読み聞かせも教えられるはずだと思ったみたい(笑)。この頃なぜか同時に、ある朗読の協会とも講師としてのご縁があって。それまで朗読なんて全く力を注いでこなかったし、どちらかといえば好きじゃなかったのに、不思議ですよね。コーチとして独立した矢先だったけれど、お仕事も必要だったし、いずれも引き受けることにしたんです」

どうせやるならコーチングで学んだことを活かそう。誰も怒られず、その人の個性を引き出し、みんなが楽しくてポジティブな気持ちになれる教室にしよう。朗読の中にコーチングのエッセンスを練り込んだ、独自のカリキュラムを完成させた。「蓋を開けてみれば、集まってくる人の8割はお母さんたち。私がコーチになろうと決意したきっかけとなった、“親育てをしたい”という思いが、ちゃんと叶えられる場ができていたんです」。クチコミで次々に広まり、あっという間に人気教室となった。

こうして6年ほどが経った頃、NHKのプロデューサーから連絡が入った。朗読教室を舞台にしたテレビドラマを作ろうと全国の朗読教室をくまなく調査し、「ソフィアの森」が妙に気になったのだという。練習や発表会に何度も熱心に訪れた末、モデルにさせてほしいと申し出があった。「6年かけて築き上げたノウハウを公開することに躊躇はありましたが、抱え込んでいては前に進めないと思い、全部どうぞ!と提供しました。私自身は築いたものにとらわれずに新しい一歩を踏み出すつもりで」。麻生久美子さんが主演したそのドラマは大ヒットし、ギャラクシー賞を受賞。「ソフィアの森」にも問い合わせが殺到し、月1回のワークショップを立ち上げると北海道から四国まで、全国の人々が集まるようになった。

このテレビドラマがきっかけとなり、冒頭の著書「奇跡の朗読教室」の出版につながったという。この本では、内向的な人が、堅物の人が、家族とすれ違っていた人が、声の小さな人が、夢を諦めていた人が、「ソフィアの森」に通うようになって、朗読を通して次々と新しい自分と出会っていく。朗読するだけでまさかそんなことがと思うかもしれないが、斉藤さんの朗読教室には、そんなふうに人を動かす力があるのだ。

その理由はきっと、斉藤さん自身が「物語」と「声を発すること」に支えられてきたからだ。それは幼少期の記憶に立ち戻る。キャリアウーマンの母と、同居していた母の実母である祖母は犬猿の中で、家庭内では常に激しい喧嘩が繰り広げられていた。しかもその祖母は孫である斉藤さんをひどく嫌っていたという。帰宅した父に甘える斉藤さんに、父からは見えぬ物陰から恐ろしい形相であっかんべーをしてくることはしょっちゅうだった。そんな悪意や刺々しい喧嘩の続く家庭は、どれほど居心地の悪いものだったか…。そしてその大好きだった父は、斉藤さんが9歳の時、がんで急逝。この頃から始まった胃痛や頭痛、アレルギー性喘息などの体調不良は、20代になっても斉藤さんを襲った。

そんな心身を辛うじて支えたのは、物語を読むこと、そして声を出すことだった。文学に身を委ねることで自らを守り、声を発して表現することで生きていると実感できた。斉藤さんが声の仕事に携わるようになったのは、そんな魂の叫びだったのだ。「幼い頃声に出せなかった思いを、 大人になって“声にして発する”ことで少しずつ認めてきたのでしょうね。だからこの声をくれた父に、そしてやっぱり母にも、感謝しています」

ナレーターを辞めてコーチングを始めたつもりが、朗読を教えてほしいと言われ、朗読教室のはずが、人々が新しい自分を発見する場になっている。ナレーターとして朗読はどちらかといえば退屈な仕事だったのに、朗読教室を始めてから朗読の難しさと面白さを知り、以来ナレーションの評判もぐんと上がった。運命とは不思議なものだ。意図せず導かれた先にこそ、天命が待っているのかもしれない。

今、斉藤さんは新たなメッセージを発信しようとしている。それは「音読」の提案だ。「きっかけは、ある小学校で朗読指導をした時の経験でした。本を読むことで子供達が本当にキラキラと輝きを取り戻した瞬間を目の当たりにしたのです。“朗読”は読解力も表現力も技術も求められるので、奥が深い分最初のハードルが少し高いけれど、“音読”なら誰にでも始められます。コロナ禍で声を出す機会も減った今こそ、しっかり息を吸って吐き、声を出して発散したり、自らを表現したりしてほしい。そうして子供も大人もみんな、笑顔で挨拶し合い、思いを伝え合えるような社会につながっていけばと思います」。
音読が生み出す新たな世界。早くその、斉藤さんの次の一歩が見たい。

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PROFILE
Yukiko Saito●尚絅女学院短期大学英文科卒業後、テレビ局入社。退職後は声優事務所を経て、フリーアナウンサーに。司会、リポーター、キャスターなど声にまつわるあらゆる仕事を経験。2000年、ナレーター事務所に所属し現在に至る。CM、報道番組のナレーターのほか、小学校、大学の朗読講師、生涯学習の講師として全国各地で活動。並行して2012年に立ち上げた朗読教室が評判を呼び、ワークショップは常にキャンセル待ちが出るほどの人気に。また2017年NHK総合テレビドラマ「この声をきみに」のモデル教室となり、朗読指導も務めた。https://www.sofianomori.com

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アシェット婦人画報社(現・ハースト婦人画報社)などを経てフリー。ELLE JAPON、25ans、Marisol、with、Richesseなどで連載担当中。聞く・捉える・書く・伝える、にまつわることをシェアしていきたいと思います。http://yurico.info/