知らない相合傘

普段からリュックには折り畳み傘を忍ばせているのに、今日に限って忘れました。仕事を終えて、濡れながら歩く夜道は大都会。今日は比較的早く仕事を終えることができたので、まだ店やお家の明かりがついていました。雨に濡れて街の光が色とりどりに滲んで、みんな傘をさして、私は濡れています。孤独。天気予報見ればよかった。

でももう帰るだけだし、小雨だし、別にへっちゃらよ。強気でスタスタ歩いて、ちょっと頭が雨で湿ったところで電車へ避難。ゆらゆら揺られて小さな駅に帰ってきました。

最寄りの駅から家までは、住宅街なので暗くて静か。街では強気だったけど、ちょっと寒いし心細い。引き続きスタスタ歩きました。そろそろ頭も濡れてぺしゃんこになっていきます。すれ違う人々はやっぱり傘をさしてひょいひょい歩いています。天気予報見ればよかった。しょんぼりな夜道。

スタスタスタスタ。無心。寒い。天気のかみさま、たしか私はどちらかというと晴れ女タイプだったと思うのですがなんでですか。

すると突然、空からピンク色の傘がフワッと降ってきて、私の頭上で止まりました。一瞬訳が分からず戸惑いましたが、どうやら誰かが私に傘をさしてくれたようです。

おや、何事。こんな夜に知り合いかしら。それとも、ピンクの傘を持ったイケメンかかしら。なにかしら。

振り返ると、小さいおばちゃんでした。

「途中まで入って。」

わあーー

「あっ、ありがとうございます、助かります。」

私のお家はもうすぐそこだったのですが、せっかくだしお邪魔させてもらいました。小さい傘の下で、私とおばちゃんは寄り添って無言でした。気まずいなんて次元を超えた不思議な空間です。頭の上で揺れる傘は、たくさんの小さなピンク色の水玉がちょっとずつ重なり合うような模様をしています。まるで広大なお花畑を遠くから眺めているよう。

「…」「…」

「今日はね、降るとは思わなかったんだけど。たまたま傘持っててね」

「そうなんですね、私も雨降るの知らなくて…」

普段、私たちはパーソナルスペースを抱えて生きていると思います。電車の中でも空いていれば均等に間をあけて座りますし、人間関係の中でも立場によって距離をとっていい感じに接します。不快に思われないように。近いと思われないように。迷惑だと思われないように。普通の人であるように。他人と、私。

「…」

「…」

そうして、何も動けずに生活していたかもしれない。このおばちゃんみたいにヒョイと知らん人に傘を差してあげて、特に相手に踏み込むこともなく黙って隣を歩き続けられる人になりたい。

「あっ、私ここなんで。ありがとうございました。」

「あら、そう。はい。」

「週末の台風気を付けてくださいね」

「そうね、あなたもね。」

こうして不思議な相合傘は終わりました。なんとも不思議でうれしい時間。頭がぺしゃんこになって、孤独だったことなんて、吹っ飛んでしまいました。なんて素敵なおばちゃんなんだろう。きっとおばちゃんにとっては、若い小娘が濡れているから入れたろうくらいの気持ちだったと思うのですが。

でも、「はい、はい、すみません」と言って小さく生きていたわたし的には、日々の生活を見直すレベルで心に染みたのでした。

あのおばちゃん、確実に近所に住んでいるな。でも夜だったし、会話もほとんどなく隣を歩いてすぐ去っていったので顔もほとんど覚えてない。次すれ違っても分からないな…。いけめんなおばちゃんだな。


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