笑いに価値観は表れる

「一緒に楽しくすごせる女性に出会えたらと思います。
それが彼女なのか、パートナーなのか、妻なのか、こだわりはありません。
笑いのツボが同じか、近いかしたら、なおいいです」

昼休み、アプリをパラパラ見ていたら、ギターを抱えて無精ヒゲでおだやかに微笑む写真を見つけた。
いまこの自由な時間が愛おしい、つまびく音と戯れるのが堪らなく楽しい。
そんな気持ちがあふれてくる、強いメッセージを持つスナップだ。
そして、その写真の主がこんなメッセージを綴っている。
どんな人なのだろう。
彼女なのかパートナーなのか妻なのか、こだわらない、というあたりも、心を留めた。
基本的に自分から足あと以外のアクションは取らない私だが、彼にはためらうことなく「いいね」を押した。


笑いのツボ、たしかに大切だ。心当たりがある。

「ほら、君のことが書いてあるよ」

2番目の夫との夫婦生活がなく、ひとりでコトを済ませた私に気づいた夫は、次の日、パソコンで「異常性欲者」のページを開き、ニタニタと笑ったのだ。
女が性欲を持つことは、笑いの対象になることなのか。
本来は、ふたりで紡ぐ時間がないからひとりで罪悪感に囚われながら自分を慰めることが、笑いの対象になることなのか。
しかも、笑いの主は、元夫張本人である。
こんなに人を馬鹿にした話はないではないか。
でも私はそのとき、怒りを表すことができなかった。
自分が世界の真ん中で衆人環視のもと、それを取り行ったような気持ちになり、恥ずかしくてたまらなくなった。
あれから10年以上経つが、あのときの彼の笑いはついさっきのことのように思い出すことができる。


二度目の結婚は、最初の3か月を除いて、ずっとセックスレスだった。
46歳だった元夫は初婚で、子どもがほしい、と最初から言っていた。
私は当時、37歳。
娘を身籠ったときも自然な流れだったので、今度も大丈夫と思っていた。
というより、妊娠しないなどということがあるとは、思ってもいなかった。

結婚式にちょうど生理が重なりそうということに気づき、あわてて近くの産婦人科に駆け込み、ホルモン注射をした。
ひどく痛かった。
おかげで、二度目の純白のドレスを、血染めにせず、式を終えることができた。
近所であまり評判のよくないその女性医師は、子宮内膜症の検査を大学病院でするように、と、頼みもしない紹介状を私に書いてくれた。

2番目の夫のセックスはあまり積極的ではなかったし、繊細さもなかったし、肥満ゆえ彼は最後まで遂げることができないことがたびたびあった。
でも、排卵日だろうがなかろうが、週に何度も私を抱いた。
隣の部屋に眠る娘を気遣って、私は気持ちいいどころではなかったし、彼に満たされたことはただの一度もなかったが、9年間、だれも手を伸ばさなかった体にぬくもりを感じるだけでうれしかった。

ある日、大学病院への紹介状のことをふと思い出して、受診の予約をした。
数週間後に診察を受け、新婚であることを伝えると、年齢を考えて念のため不妊検査をしましょう、ということになった。
私は卵管造影検査を、元夫は精子の検査をそれぞれするように指示があった。

翌週、卵管造影検査を受けた。
造影剤を点滴で入れながらの撮影を終えて吐き気を抑えながら、検査結果を聞いた。
「ここ、本当なら卵管が子宮に伸びているはずですが、あなたの場合は見えません。
自然妊娠はできません。」
機械的な医師の声がした。
私、赤ちゃんができないんだ。夫との約束を守れないんだ。
その日、どうやって会計を済ませたのか記憶がない。
ただ、病院の自動ドアを抜けると涙があとからあとからあふれてきて、しばらく運転することができず、駐車場でわんわん泣いた。
私は子どもを産めない。
私にはもう赤ちゃんは来ない。
前後して検査した夫の精子は、問題なかった。
精子を採取することを嫌がっていた元夫はほっとした表情を見せた。辛かった。
その日から、彼は私と手すらつながなくなった。


私のせいで、夫に実子を抱かせてあげられない。
自分を責めて責めて、責めて責めて、生きていてはいけないとすら思った。
子どもを産めないから、抱いてもらえなくて当たり前だとも思った。
そんな思いを抱えた私に、元夫はニヤニヤ笑いを投げたのだ。
悲しかった。屈辱的だった。
あなたに満たされない性欲を自分で満たして、何が悪いのかと、恥ずかしさと憤りとがごちゃ混ぜになった。
なぜあのときすぐに離婚しなかったのだろう。
この数年後、私は躁うつ病を発症した。
表向きは仕事のストレスということだったが、主治医は当初から元夫にも原因がある、と言っていた。正しかったと思う。


笑いにはその人の価値観が詰まっている。
何を大切にしているのか、いないのか。
どんなに隠しても、その人が持つ差別や偏見がどうしても姿を見せてしまう。
あははと笑い飛ばせるものだけではなく、人間性が透けてしまう非常に繊細なものでもあると思う。

この無精ヒゲのギターさんは、何に笑うのだろうか。
何を笑うのだろうか。
彼のことを知りたい。穏やかな笑顔の写真を見ながら、思った。



*2023年3月1日の活動状況
・もらった足あと
・もらったいいね:2人
・自分からのいいね:1人
・やりとりした人:2人
無精髭のギターさん、実はやりとりが始まっている。
続きはまた改めて。

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