尾崎とサブちゃんに落ち度はないけれども さようなら焚き火の好きなJUNさん

「私、初キャンプではしゃいでしまい、JUNさんを退屈させてしまったのではと感じています。
何か、心配ごとでもあったのでしょうか」

そもそも、出発前からすでに、イヤな胸騒ぎがした。
歩いて15分ほどのスーパーの駐車場で、焚き火が好きなJUNさんにピックアップしてもらったクルマで流れていたのは、尾崎豊の「卒業」だった。
真夏の灼熱の空の下、卒業?

誤解しないでほしい。
まりかは、中高時代に流行っていた尾崎は嫌いではないし、カラオケで歌の上手な殿方がいれば歌ってほしい1曲だ。
でも、昨日ばかりはどうにもしっくりこなかった。なぜだろう。

モヤモヤを抱えながらも、まりかは懸命に恋愛初期のほやほや期を演出しようと試みた。
あれやこれやと話を振りながら、JUNさんに笑顔を振りまく。
JUNさんも、大袈裟におどけてみせた。
コロナ初期の在宅勤務中の話から、話題は何となく、JUNさんの前の奥さんになった。
修羅場があったとかなかったとか。

「JUNさんって、浮気するタチなんですか?」
「浮気? いまは本命がいないんだから、浮気も何もないでしょう」

あれれ、あなた先週、私につき合おうっておっしゃいませんでしたっけ?
そう投げつけて、クルマを降りてしまえばよかったのかもしれない。
しかし、まりかは曖昧なあいづちだけ打って、車窓に流れる稲穂の海をながめた。
自分に関心のない殿方と一緒にいることほど、苦痛なことはない。
でも、自分に関心がないことが苦痛となる前でよかった、と、胸をなでおろしもした。


2時間半ほど下道を走り、海辺のキャンプ場に到着した。

いったい、何がどうしたのだろう。
思えば前の日からJUNさんのテンションは、明らかに下がっていた。
1日に何度も逢いたいですと送ってきたのに、この日は翌日のリマインドのみ。
ははーん、アプリでほかのだれかに出会ったか、あるいは手持ちのカードで進展があるかしたな。
あれだけくだけた調子でLINEで話しかけていたのに、今日は徹頭徹尾、敬語である。

でも、来てしまったからには仕方がない。
どうにかやりすごさなくは。
そう思って、砂浜を歩く彼の手をとってみたけれども、ほどなくするりとほどかれた。
そして、写真を撮るために立ち止まったまりかを待つこともなく、彼はすたすたと波打ち際にすすんでいった。
キャンプ場に戻り、まりかが化粧室から戻ると、彼はすでに撤収を始めていた。

もう、ないな。

猛暑の中、すっかり冷めてしまった空気を温めるでもなく、ふたりはあまり効かないカーエアコンを浴びながら、帰途を急いでいた。
一刻も早くこの旅を終わらせたいのだろう、彼は迷わず高速のインターに向かった。
行きの半分ほどの時間で帰れるという。
望むところだ。
運転を担ってくれることに謝意を表すことばをまりかが伝えた以外は、重苦しい空気が流れていた。
8月の炎天下のように。

車内にはなぜか、演歌が流れていた。北島三郎だった。
お好きなんですかとたずねる気力もなく、気乗りのしない音楽に身をまかせる以外、まりかに選択肢はなかった。

さほど混んでいない高速を降りて10分ほど、自宅近くのコンビニ駐車場にクルマを停めてもらった。
殿方に送ってもらえば、恋人なら降りる前にキス、知人なら助手席のドアを開けてもらってお見送り、が、まりかにとっての常識である。
しかし、JUNさんはまりかを見上げることもなく、あわただしくカーナビを自宅へ設定し直しながら、バックシートから自ら荷物を取り出すまりかをチラリと振り返り、また連絡しますね、とだけ言った。
ありがとうございました、とだけ絞り出して、まりかはくるりと背中を向けた。

頭の中には、サブちゃんの「まーつりだまつりだまつりだ」が、ぐるぐるとエンドレスで回っていた。
クルマが走り出す音が、あっという間に遠くなっていった。
お盆休みのコンビニは、親子連れでごった返していた。


魔の悪いことに、翌々日にはJUNさんとの1泊のキャンプの予定が入っていた。
まりかがねだったわけではない。
休みが取れたと言ったら、彼がいそいそと予約したのだ。
noteの友人たちに「お泊まりか」とはやし立てられ、悪い気もせず、ほほを染めてその気になっていたまりかはもう、ここにはいない。

さあ、どうしよう。
選択肢は、3つ。
その1:そのまま恋人気取りで、お泊まりかする。
その2:キャンプインストラクターとの体験と割り切り、何もないままひと晩を過ごす。
その3:お断りする。
さあ、どうしようか。

「やっちゃえ、やっちゃえ。やってみたら相性がいいかもよ」
「まりかさんには関係なく、何かプライベートや仕事でイヤなことがあったのかもしれませんね」
「いつでも宴会要員になります!」
「まずはゆっくり休んでください」

友人たちは、混乱するまりかに次々と、あたたかい助言を送ってくれた。
ああ、持つべきものは友だ。
自分から誘っておきながら、自分で盛り下げる殿方になど、まりかは用はない。
辛かったり、さみしかったりする恋愛はしない、と、決めたのだから。
ただ、少しみじめなだけ。
さあ、眠剤を飲んでしまおう。

たっぷり睡眠をとって目を覚ますと、選択肢はひとつしか残っていなかった。

「明日のお約束、大変申し訳ないのですが、キャンセルさせてください。
キャンセル料、私に負担させてください。
JUNさんの幸せを、お祈りします」
「そうですね、明日はやめておきましょう。
ゆっくり休んでください。
キャンセル料は大丈夫です」


ははーん、キャンセルはしないんだな。
ソロキャンプでも、ほかのだれかと一緒にでも、好きにしたらいいわ。
JUNさんとの恋愛がなかったことになったいま、さみしくも悲しくもないまりかがいた。
ただ、さみしくも悲しくもない自分が、無性にさみしくて悲しくなった。

さようなら、JUNさん。

いまのまりかは、恋をするタイミングではないなのだわ。
ぽかっと空いた明日のお休みを、どうすごそう。
寝倒してしまおうか。
そうだ、久しぶりにひとり旅に出よう。
幸い、父の食事の手配もできているし、こちらに戻っている娘にネコとワンコの世話は頼んである。
ふたりになろうとしたら、ひとりの楽しさを忘れていた自分を思い出した。

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