恋は終わる 「1本」の人との超えられない壁

「要するにさ、1本の人って、わからないんだと思う」
「何が?」
「恋が終わる、っていうこと」


ゆめみひめこさんとまりかは、土曜日の午後、とある中核市にあるサイゼリヤにいた。
午後3時にして、2軒目。
ここのエスカルゴのオーブン焼きとワインが、まりかの大好物だ。


この日の13時、東京の反対側にある県で、伯父の彼岸のお墓まいりを済ませたまりかは、駅の改札でひめちゃんと待ち合わせた。
今日のお目当ては、ひめちゃん通いつけの日高屋だ。
ラーメンが苦手なまりかは近づいたことがないのだけれども、ひめちゃんの記事に出てくる餃子があまりにおいしそうで、ビールを飲みたいと思いついたのである。

やってきました日高屋。おお、ちょい飲みの看板もかかっている!

タブレットのメニューから、まずは生ビールをふたつ頼んで、乾杯。
空腹にまかせて、餃子、生姜焼き、ザーサイと、次々注文を入れる。


「あ、ここね、チーズ巻きがイチオシ!
あんまり有名じゃないけど、絶対これがいちばんおいしいんだよ」


と、ひめちゃん強力プッシュの一品も、オーダーに加えられた。
これがまた、おいしいのなんの。
薄いスティックを指でつまんでほおばると、パリパリの皮から熱々のチーズがとろりと顔を出す。
なるほど、これはビールが進む。
万年ダイエット中のさくらまりか、新しい強敵の出現である。

指が入っちゃって見づらいけど、手前左がチーズ巻き。

小さなテーブルいっぱいに並んだつまみをちぎっては投げちぎっては投げするうちに、ひめちゃんはビール1杯とハイボール2杯、まりかはビール3杯を飲み干していた。
そろそろワインにしようというひめちゃんに誘われて、私たちは向かいにあるサイゼリヤに移動した。
あとで思えば、ここで駅前のドトールにしておけばよかったのだが、ひめちゃんはまだ、いちばん言いたいことが言えない、そんな表情に見えた。
きっともっと酔いたいのだろう。
ええい、まりかもつき合うぞ。とことん飲もう。
このまちは、コウイチと初めて会った場所。
彼との記憶を昇華させたい、という気持ちもまりかにはあった。


「そう、恋は終わるんだよね。結婚も」


何と言ってもバツ2のさくらまりか、大きなデキャンタからついだ赤ワインをごくりと飲みながら、大きくうなずいた。
そう、どんなに好きでも信頼していても、恋も結婚も、終わるときには終わるのだ。
よく見極めてつき合い出したつもりでも、DVや浮気、借金など、長く一緒にいて初めて、わかる本性もあるのだ。
とくに何か問題がなくても、気持ちが冷めることもあるし、おたがい何となく合わなくなることだって、めずらしくはないだろう。


ちなみに、ひめちゃんとまりかが話題にしている「1本」は、バナナでも、キュウリでもなければ、バットでも鉛筆でもない。
愛を育むときに不可欠な、殿方のお持ち物のことである。
下記の記事に詳しい。

「私さ、何度も言うけど、初体験の男の人と絶対に結婚する、って決めていたんだよ。
なのに、処女を捧げた1本目の人は、遠距離恋愛でほかに好きな人ができた、って、あっさりフラれちゃったんだから。
ああ、人の気持ちって変わるんだな、って、最初の恋にして思っちゃったわけ」
「うんうん、なるほど」
「人の気持ちは変わる。
これ、1本しか経験していない人には、絶対わからないことだよね」


ひめちゃんほどではないが、まりかも2度の結婚のほかにも、いくつかの恋の経験があり、その数だけ殿方のお持ち物の経験本数がある。
お持ち物のよしあしで選ぶわけではないけれども、殿方の記憶とともにそれも記憶されていることも事実だ。
だから、この1本に一生、添い遂げようと思って、現実に幾多の波を超えながらともに生きることができる人もいるし、何らかのことがあって、添い遂げられないことだってある。
これは、1本が絶対よいというわけでもないし、本数が多いからよいというわけでもない。
人それぞれなのだ。


「1本に添い遂げられる生き方もいいなって思うけど、まりかも私もさ、もうそうはいかないんだよね。
でも、これってカラダだけではなくて、ココロもいろいろ経験しているってことじゃない?
男の人とするということは、そこに至るまでの気持ちもあるじゃない?
1本の人から見たら、手当たり次第で危なっかしく見えるのかもしれないけれども、私だって考えているんだよ。
一方的に悪い、ってことじゃないよね?」
「そうだよね、恋の数だけいろいろな経験をしているんだよね、幸せも、うれしいことも、悲しいことも、辛いことも。
まりかはひめちゃんほどじゃないけどさ」


ひめちゃんは、何杯目かのグラスの白ワインをきゅっと飲み干した。
大きな瞳をきらきらさせて、まりかのことばに大きくうなずきながら。
ああ、ひめちゃんはやっぱりかわいい。
彼女がいまこの瞬間、思い出しているのは何本目、いや何人目の殿方なのだろうか。
まりかは、まりかのお口にぴったりな、数日前に咥えたばかりのタカシの愛しい蕾を思い浮かべて、下半身が少しほてるのを感じた。


「私だってさ、1本目の彼と結婚したかったんだよ。
なのに何よ、東京の女なんかとくっついちゃってさ。
私だけって言ってたじゃん。
それから何人もの人とつき合ったし、カラダも重ねたけれども、この人が最後になったらいいな、って、いつも考えているんだよ」
「そうだよね、まりかだって離婚しようと思って結婚したわけでもないし、別れる予定があってつき合い始めたわけでもない。
でも、気持ちは変わらない人がいるのと同じように、変わることだってある。
それでいいんだよね?」
「そうそう!」


まりかは、ひめちゃんの1本目、いえ最初の恋人を思う気持ちに、切なくなった。
上京した彼の心移りなんて、ゴマンとある話だけれども、それは十把一絡げにするものではない。
ひとりの初恋に、ひとつの物語が必ずある。
そして、ひとつの恋が終わるからこそ、次の恋が始まる。
人生における恋の数は、千差万別。
ひとつひとつの恋は、尊いものだ。
ひとつでもたくさんでも、幸せでも辛くても、等しく尊いものなのだ。


「私だってさ、1本目の彼と結婚したかったんだよ。
だから処女を捧げて、出血を見た彼があって言ったときの顔、いまでも覚えてる。
私だって、たくさん経験したけどいつだって一途なのに、1本の人にはわかってもらえないのかな」


ひめちゃん、酔いが回ったか。
1本、1本と繰り返しているぞ。
でも、まりかにもひめちゃんのちょっぴり口惜しい気持ちが、わかる気もした。


1本だけの女性と、1本また1本と別れを経験した女性。
そこには超えられない壁があるのかもしれない。


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