恋をして自由になろう

「あんこのたい焼き、時間かかりますか?」
「はい、8分ほどいただきます」
「では、カスタードをお願いします」
「おひとつですか」


伯父のマンションの排水管清掃に立ち会った帰り、いつものたい焼き屋さんに寄った。
ところが、いつものあんこは前の人がふたつ買ったら品切れになってしまった。
あんこにありつくには、鉄板の上に並ぶたい焼きたちの焼き上がりを待たなくてはならなくなったのだ。


あんこ以外のたい焼きは浮気、と、コウイチは言った。
まりかの最後の恋。
少なくとも、去年の秋の時点では。

伯父のマンションにゆくたび、あの秋の夕方を思い出してまりかはたい焼き屋さんに寄った。
あの日以来、決まってあんこをひとつ買った。


いま、お正月にマッチングアプリでつながったタカシと、新しい恋が始まろうとしている。
いえ、もう始まっている。
タカシからのLINEの返信に心躍らせ、毎晩のようにくれる電話を心待ちにする。

タカシはコウイチではないし、コウイチはタカシではない。
コウイチのようにまりかの心すべてを一瞬で持ってゆきはしないが、タカシは水面に広がる輪っかのように、まりかの心にゆっくりと染み込んでゆく。
コウイチのように何も言わずとも本能的にわかり合うことはないが、タカシとはおたがいの違いをひとつひとつ認め、受け入れ合うことができる。


いままりかが生きているのは、タカシとの恋だ。
あんこでなくてもいい。
カスタードを食べてもよいし、バレンタインまでは限定のチョコレートを食べたっていいのだ。
タカシとの恋においては、それは浮気ではない。
違う味を認め、受け入れることができるのが、タカシとの恋なのだ。


女は恋をするたび、自由になる。
自由になる恋をしよう。
恋をして自由になろう。



いつものように、たい焼きをひとつ抱えて、まりかは車に戻った。
カスタードクリームをおなかいっぱいに抱えたたい焼きは、つるりとなめらかな感触でまりかの舌を包み込んだ。
うん、ありだぞ。


「伯父のご用が済んで、たい焼きを食べたので、帰ります」
「まりか、おつかれ! 気をつけて」


あさっては、2週間前にまりかがコロナで延期になってしまったデートだ。
まりかの最寄駅で、とびきりの笑顔で、タカシを出迎えよう。
改札口で大きなハグをして、人目をはばからずに深い深いキスをしよう。
しっかりと指をからませて、駅の階段を並んで降りよう。

自由になる恋をしよう。
恋をして自由になろう。


さくらまりか51歳、今日の恋を生きるのだ。

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