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おにぎりの中身は?   #2000字の小説#あざとごはん

 他人の生活音や馴染みのない音楽が、隣の部屋から聞こえてくるのが不快でヘッドホンを付けた。テレビで再生したのは、何度となく観た映画の続きだ。結末を知っている映画は、新鮮味がない代わりに安心して見ていられる。
 コロナ禍で在宅勤務になり、会社の面倒な飲み会や人付き合いをしなくて済むのを快適に感じながら、深夜に目が覚めて水を飲んでいる時、孤独感に襲われる。その両端にある感情は、とても厄介だ。
 空腹を感じて再び冷蔵庫を開けるが、ミネラルウォーターと発泡酒と好物のチーズ蒲鉾しか入っていないのを確認して静かに閉じた。
 母が心配して送ってくれる食材も食いつくした。そろそろ買い物をしなければと、検索したネットスーパーのサイトに『ゲストハウス』の文字を見つけた。
『収穫した夏野菜を使ってご飯を作りませんか?』
 食事にはうるさい母の心配そうな顔がちらついた。
 ゲストハウスは程よく田舎で、オーナー夫妻も気さくな人達だった。最初は押しが強いのが面倒だったけど、こちらの様子を見て適度に距離を置いてくれたようだった。夕御飯を食べてから遅めのチェックインだったせいもあって、リビングで寛ぐ他の宿泊客に気後れして、自室に籠ってしまった。ベッドに横になると、睡魔が襲ってくる。いつもなら生活音や人の気配が気になって寝られないのに、リビングから漏れ聞こえる声が何故か心地よくてそのまま寝てしまった。まるで人の笑い声が子守唄のようだった。
 次の日、いつもより早く目が覚めた。
「六時か……」
 お腹がぐうと鳴った。
 ダイニングへ行くと、朝食の用意がしてあった。
「セルフか」
 おにぎりかパンを選んで自分で作るらしい。メモが壁に貼ってあった。
「えーと、おにぎりは……」
 茶碗にラップを乗せ、その上にご飯をよそう。
「鮭、おかか、明太子、鶏そぼろ……炒り卵も美味しそうなだな」
 鮭と炒り卵をご飯に乗せて、胡麻油をほんの少し垂らしてみる。香ばしい香りが食欲をそそった。ラップで包んでぎゅっと握り、パリパリの焼き海苔で巻いた。思ったより大きいおにぎりが出来た。
「味噌汁は……」
 茄子と揚げの味噌汁を椀によそい、小ネギをパラパラと散らした。メモによると、茄子はここの畑で作ったものらしい。味噌汁と麦茶とおにぎりをトレイに乗せ、窓際に座ると畑の真っ赤なトマトが見えた。昼になったら宿泊客で野菜を収穫する事になっている。考えてみたら、畑で土いじりするのも子供の頃以来だ。ミミズが出てきたら今も触れるだろうか。そんな事を思い浮かべながらおにぎりを頬張ると、食が細かった子供時代を思い出した。食パンの食感が苦手で、食べやすいようにピザトーストにしたり、納豆を乗せてみたりもした。シリアルも試してみたけど、どれもあまり食べられなかった。見かねた母が色んな具で小さいおにぎりを握ってくれ、それが毎日の朝食になった。本当に食べる事が苦手な子供で、食べさせるのに何かと苦労したと、母は時折思い出して笑う。おにぎりは苦肉の策だったらしい。中学生になって運動部に入ってからは食欲も出て、あんなに心配していた日々は何だったんだろうと、母の苦労話は延々と続く。父は会話を聴きながらちびちびと酒を飲み、たまに何かを思い出しては愉快そうに笑った。実家に帰る度にその話になるのが嫌で、コロナ禍である事を理由にしばらく帰っていない。でも、自分が歳を重ねるように、両親も歳をとっていく。そんな当たり前の事に気づいてしんみりしていると、すっかり味噌汁がぬるくなった。
「もう一つ食べようかな」
 今度は明太子と小ネギを具にしたおにぎりを作り、ついでに味噌汁のおかわりを注ぐ。朝、こんなに食べたいと思ったのは久々だった。
 宿泊客の笑い声に少しどきりとする。部屋に引き上げるか、このまま留まり挨拶くらいするか。社交的なタイプでない事は自分でも分かってる。愛想笑いも苦手で、流行りの話題にも疎い。会社でなら会釈で済ますところだが、ここは一つ気軽に声をかけてみるのはどうだろう。
「おにぎりの具、どの組み合わせにしましたか?」
 相手は驚くかもしれないが、ゲストハウスを選んで来る人達だ。きっと快く返事をしてくれるだろう。珈琲を飲みながら、近づいて来る声をドキドキしながら待った。




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