パンケーキとホットケーキ

「お父さん、パフェなんて頼んで」
「いちごパフェが美味そうだったんだ」
 母と父は何だかんだで楽しそうに一つのパフェをつついている。
「お前にはお子様ランチ頼んでやろう」
 父がにやりと笑い、店員を呼ぼうとする。
「いくつだと思ってるんだよ」
 二人の動きは止まり、顔を見合わせている。
「三十歳だよ。二人してもうボケたのかよ」
「お腹を痛めて産んだ我が子の年くらいーーね、いいひといないの?」
 急に真顔になって、うろたえる俺の顔をじっと見る。
「こりゃいないわ」
「母さん、今はそんな時代じゃないんだよ」
 母は父に、息子の事が心配じゃないのかと、ぶつぶつ言っている。
「11月21日の今日は『家族の日』なんだって。たまには良いよね、こうして会うのもさ」
「どうした。何か頼み事でもあるのか」
「別に何もないよ。ちょっと思っただけだよ」
 最近、仲良くなった女性に家族の事を聞かれて、そういえばしばらく会ってなかったと気づいたとは恥ずかしくて言えなかった。
「お子様ランチです」
「えっ。本当に頼んだの?」
「ーー大変失礼致しました」
 ウェイトレスはテーブルを間違えたらしく、頭を下げて去って行った。
「ああ、びっくりした」
「受け取って食べれば良かったのに」
「父さん、そしたら頼んだ人が困るだろう」
「ねえ、コーヒーおかわり出来るみたい」
 母が小声で俺に頼んでくれと遠回しに言っている。
「ボタン押すぞ」
 父がぐいと呼びボタンを押す。
「コーヒーおかわり二つ。あと、お子様ランチか?」
「いらないよ。えーと、パンケーキでホイップ追加で」
 ウェイトレスが去ると、父はお子様ランチと変わらんなと苦笑いしていた。
「本当は何で呼んだんだ?」
「えっ」
「金なら無いぞ」
「ち、違うよ。友達に親と旅行に行った話を聞いてさ。ーーそれだけだよ」
「ふうん。何、その友達って女の人?」
 母がおかわりのコーヒーにミルクを入れてぐびりと飲んだ。
「そうだけど。にやにやするなよ」
「なるほどねー」
 母は勝手に納得して、父に目配せした。
「なんだよ」
「別に。楽しくやってそうで、ほっとしただけよ」
「俺の心配はいいよ。父さん達こそ、身体には気をつけてよ」
 彼女が両親との旅行は、病気で入院していた父親が、やっと退院出来たお祝いだったと言っていた。いつ、どうなるかなんて分からない。
「美味そうだな。その、ホットケーキ」
 小皿に切り分けたパンケーキを頬張る二人の手には皺があり、ふっくらとしていた母の手は萎んで見えた。
「もっと仲良くなったら、連れてくるよ」
「ふられたりしてな」
「もう。お父さん。やめなさいよ」
 小競り合いする両親を、彼女に紹介出来る日が来たらいいなと思いながら、彼女にメッセージを送る。
『デザートが美味しいお店、教えてくれてありがとう。今度は一緒に来ませんか?』
 勢いで送ってしまって少し後悔したが、返事がすぐに来て、心臓がどきんと跳ねた。
『良かったです。はい、ぜひ行きましょう』
 テーブルの下でガッツポーズする。
 母がちらりと見て、「やったね」と口を動かした。何で分かるのか不思議で、恥ずかしかった。
「うまくやれよ」
 父が俺の皿のパンケーキに手を伸ばし、美味いと呟いた。

          了

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