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花火と手品師【#シロクマ文芸部*花火と手】

 花火と手品は似ている。仕掛けなんか知らなくても、その一瞬の技と煌めきに目を奪われ、魅了させられるんだと、もっともらしく彼は言った。繊細ぶる癖がある彼は突然に吟遊詩人になるんだと同棲していたマンションを出て行った。心変わりを綺麗事にした彼をなぜか憎めなかったけど、花火も手品もちょっと嫌いになった。

 遠くでドーンと花火が打ち上がった。マンションから、かろうじて花火が見える。    
「あー、半分しか見えない!」
「ほら、次のは大きいから見えるよ」
 近所の子供達が一喜一憂する様子を冷めた目で見てしまう。
「あら、今帰り? お仕事大変なのねえ」 
「いえ、今日はたまたま残業で……」
 話しかけてきた隣人の女性からやわらかな入浴剤の香りがした。二児の母親で最近、近くのコンビニで働き始めたけど、思う様に動けなくて叱られてばかりだと苦笑いしていた。
「じゃあ、これで」
 そそくさと自宅のドアを開けると、女性が「そろそろフィナーレよ」と、階段で遊ぶ子供達に声をかけた。
「花火が観たいって騒ぐ割にはちゃんと観てるのって最初だけなのよね」
 ドアを閉めてからも他の住人達と仲良さげに笑い合う女性の声がやけに耳に残った。

「あと一週間か」
 引越し先がやっと決まり、良くも悪くも馴染んだ場所から離れる。どうせ引っ越すなら仕事場の近くにと探してみたものの良い物件に出会えず、結局今住んでいる駅の近くのマンションに引っ越すことになった。隣人の女性はそれならまた会うかもしれないから寂しくないねと微笑んだ。引っ越しの日が近づくにつれ、ここが居心地の良い場所だと思い知らされる。ほどほどの距離で親しくしてくれた隣人夫婦とヤンチャな二人の子供達も嫌いじゃなかった。引越しの旨を伝えると、
「復縁はしないの? 新しい彼氏は?」と、潤んだ目でそう言う彼女の顔を見て思わず笑ってしまった。ゆくゆくは結婚もーーそう思っていたのは私だけだった。
 恋人が残して行ったものは、二人で選んだ二人がけのソファーとテーブル、壁掛けの55インチのテレビーーそれから、地域のお祭りのビンゴ大会で当たったパーティーグッズと手品のトランプ。
「片付けにくいものばっかり押し付けてさ」
 テレビはありがたく使わせてもらうとして、家具は業者に引き取ってもらうことにした。
「一発殴れば良かったかな」
 そうしたらその時はスッキリするかもしれないけど、あとあと未練が残りそうな気がして思い止まった。
 冷蔵庫の賞味期限間近の納豆のパックと半熟卵、鍋で解凍すれば出来てしまうラーメンを夕飯にしてさっさと寝てしまいたかった。惰性でテレビをつけると花火大会の中継が終わったところだった。一番の見どころをバックにアナウンサーが締めの一言を言って中継が終わった。残念なようなホッとしたような気分になる。
「吟遊詩人ってなによ」
 全国行脚するギター漫才師を想像して、これじゃないなと頭を振ると納豆の糸がたなびいた。馬鹿馬鹿しくて涙が出た。
「やってられん」
 引越し先の隣人もいい人だったらいいなと、願いをこめながら納豆をかきこんだ。

《吟遊詩人》 
中世ヨーロッパで、恋愛歌や民衆的な歌を歌いながら各地を遍歴した芸人。
(goo辞書より)

#シロクマ文芸部 #花火と手
#ショートストーリー

あとがき

なんとかシロクマ文芸部のお題で物語にしてみました。
ひたすら『手』から始まる言葉を探して、これなら書けそうかな?と選んだのが手品でした。
他にもメモしたので、どこかで書きたいなと思います。

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