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「仕合わせ」の服屋さん。レベッカブティック

私はLEBECCA Boutique(レベッカブティック)の小さな小さなファンだった。

レベッカのお店は原宿にしかない。関西に住んでいる私はそのお店やディレクターである赤澤えるさんにも会ったことは数回しかない。
レベッカの服も数着しか持っていない。私がよく着ているテイストとは違うから、いつも着ているわけでもない。
だから、熱狂的に追いかけている「ファン」には当てはまらないのかもしれない。


でも、インスタでレベッカやえるさんの投稿を見るたびに心はいつも揺れていた。いろんな情報を頭から被り溺れそうになる世の中で、レベッカの言葉や写真はなぜか私の心にダイレクトに入ってくる。そんな不思議な存在だった。


こんな状態の自分は、レベッカを昔から応援されている方や、日ごろからレベッカの服を着ている方からすると「傍観者」に近いかもしれない。
でも、そんな私でも「ちゃんとレベッカのこと応援してたんです」と言い張る強気な自分もいる。

もう少しで、「LEBECCA boutique」というブランドが無くなってしまう今。自分がレベッカからいただいていた気持ちを何とかカタチにしたい衝動にかられた。

そんな時、「糸」という歌を思い出した。

2020年の秋、私はコロナや就活のしがらみから逃れ、東北に少し移住した。
これから世界はどうなるのだろう。友達は早々に就職を決め次のステップに進んでいる。何も決まっていない私は前進しているのか後退しているのかも分からず、宙ぶらりんで「不安」という気持ちだけが私をつなぎとめていた。


そんな時、一緒に住んでいたシェアメイトと三陸鉄道で岩手県を巡る旅をした。山や海の隣を進む小さな箱の中でとことこと揺られている間、私のイヤホンからは「糸」という歌が流れていた。
そんな時、ふとレベッカのかわいいお洋服や、えるさんの言葉が溢れるように次々と頭に浮かんだ。

この思い出の風景を思い出しながら、この「糸」という歌がレベッカが私を引き付ける理由を上手く形にしてくれるかもしれない。それは同時に、私がこんな混沌とした現代の中でどんなものに心惹かれているのかを見つける手立てになるのかもしれない。
そう思って、今少しづつ言葉にしてみようと思う。


なぜめぐり逢うのかを私たちは知らない。
いつめぐり逢うのかを私たちはいつも知らない
どこにいたの 生きていたの
遠い空の下 ふたつの物語

私が「赤澤える」と「LEBECCA boutique」という名前に出会ったのは北欧の小さな国デンマークにある小さな古着屋さんだった。

当時私はデンマークに留学していて、大学の友達がわざわざデンマークの私が住んでいる近くまで遊びに来てくれていた。自分の言葉も気持ちが何も通じない環境下で苦しんでいた私は、自分のことを少しわかってくれている友達に久しぶりに会えた嬉しさの中で、自分の迷いや不安、そして気付きを怒涛のようにその子にぶつけていた。それでも、私の友達は静かに微笑みながら受け止めてくれていた。

「ゆりは○○さん絶対好きだと思うんだよね。」

その後、デンマークの路地裏にある古着屋で、私の友達はカラフルな服を一つ一つ眺めながらそう言った。私はその時名前を全然聞き取れず、といっても聞き返すほど興味もひかれず、スルーしてしまった。

それでも、別れた後にそのことをなぜか覚えていて。その子にあの時の○○さんの名前もう一度教えてとLINEした。すると、「赤澤えるさんだよ」と返ってきた。私はほぼ無意識な状態でインスタの検索バーに「赤澤える」という文字を打ち込む。
すると、画面が深い赤を基調とした世界に染まり、えるさんが紡ぐ言葉と、物語を与えられたお洋服たちに出会った。
こうして私は初めて赤澤えるさんとレベッカブティックに出会った。

もし私が日本にいたままだったら、出会ってなかったのかもしれない。日本にしかない小さなレベッカブティックというブランドと、デンマークという小さな国で、自分を探し求めていた小さな私の二つの物語がつながった瞬間だった。

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(デンマークの古着屋さんの近くで撮った写真)


縦の糸はあなた。横の糸は私。
織りなす布はいつか誰かを
暖めうるものかもしれない

そこから私は小さな画面を通して、レベッカの服と物語をむさぼるように検索した。
日本語が通じない環境下で、えるさんが紡ぐ言葉は日本語の曖昧さや繊細さをすごく感じられる文章で、すごく安心したことを覚えている。そして、一つ一つの服に送られた物語はえるさんの内側から紡がれているはずなのに、なぜか自分の物語なのかなと思うような不思議な力があった。

そんな時、印象的なワンピースに出会う。
「差を詰めるときのワンピース」だ。

繊細なレースであしらわれたノースリーブ型のワンピース。正直私がよく着るスタイルではなかったので、「これは私の服ではないな」と思った。だけど、えるさんがそこに載せていた言葉に目が釘付けになった。

遠くに見えるあの背中にぐんと近づきたい時。追いつきたい時。追い越したい時。さらには、しっかりと近づくことが出来るその時。あるいは、近づくことができた人に拍手を送る時。これはそんな時にぜひ着てほしい一枚です。
差なんて、詰めていきましょう。(えるさんのInstagramより抜粋)

私はデンマークに留学して、背伸びしない自分に出会い受け入れる大切を知った。そして、日本という大きいのか小さいのかよくわからない国から、飛び出したことで見えてしまった「差」にすごく苦しんでいた。その差は自分を支える大切な違和感だけど、それを日本にいる友達には伝えられないその差がもどかしく、日本に帰って本当に大丈夫なのか不安になっていた。

そんな時に、「差なんて詰めていきましょう。」という言葉に出会いはっとした。
差なんてなくさなくてもいい。というかなくならない。でも歩み寄ることはできるし、その差から生まれる「余白」は人を豊かにするのかもしれないと。それなら、私はこの「差」を大事にしながら、人と歩み寄り歩いていける人になろうと腑に落ちた。

日本でいろんな人との「差」つめられるように。そして、当時付き合っていた彼氏との「差」が広がらないように、願いを込めてデンマークからそのワンピースをお迎えした。
(ちなみに、その彼氏とは帰国直後に振られてしまうことになるのだが。笑)

「差を詰めるときのワンピース」今でも、私の大切な一着だ。


なぜ生きていくのかを迷った日のささくれ
夢追いかけ走って、ころんだ日の跡のささくれ
こんな糸がなんになるの。心許なくて震えていた風の中

帰国後、私はすぐにえるさんが運営していた「赤組」に参加した。

想像通り、私がデンマークで得たものは圧倒的に伝わらない「差」となって私の前に立ちはだかった。
私は伝わらないもどかしさに苦しすぎて、むなしすぎて「自分はなんでデンマークなんかに行ってしまったのか」と後悔した日もあった。

そんな時に「赤組」を開き、えるさんの言葉を丁寧に追う。そして、勝手に自分も一緒に泣いたり、心を揺らした。えるさんがいろんな思いを抱えながら一生懸命戦っている姿、そしてそれによって生まれる美しい服を見て、私なんかまだまだだと奮起した。お会いしたことは数回しかないのに、私は勝手にえるさんや赤組にいる人たちと一緒に歩いている気持ちになっていた。

えるさんが日々綴る言葉や、それに伴ってあふれる赤組の皆さんの吹き出しは私の心を温かくし、前に進む赤い明りになっていた。

今までは「自分は孤独だ」と思っていたけど、心のどこかで「自分は一人じゃないのかもしれない」と思始めたのもこの頃だった。


縦の糸はあなた 横の糸は私
逢うべき糸に出逢えることを
人は仕合わせと呼びます。

こうして、自分なりにレベッカの想いを綴りながら、少しずつ自分の想いが結晶化していくのを感じている。

つまり、レベッカは「仕合わせ」のお店なんだと思う。
ディレクターのえるさんが自分の内面と向き合いながら、物語を紡ぐ。その物語が誰かの心に響く。二つの物語が縦糸と横糸となり、織り込まれ、お洋服となる。
そうした思いのこもった洋服はある時は勝負服になり、ある時は自分のメッセージを表す音のない手紙になる。そして、ある時はありのままの自分を魅せるリラックスした服になる。
そうして、纏う人は「仕合わせ」に恵まれるのではないかと思うのだ。

私もレベッカを通してたくさんの「仕合わせ」に恵まれた。

えるさんに出会い、美しい文章や「エシカル」というこれからの自分のテーマになるであろう言葉に出会った。
レベッカブティックのイベントで、レベッカが好きな友達に出会った。何回かあったことないのに、バイト先に来てくれたり、何かあれば連絡をくれる友達に出会った。
そして、私が今まで似合わないと避けていたスタイルと出会い、本当はこういう服も来たかったんだという新たな自分にも出会った。

一つ一つの出会いが「仕合わせ」となり、私を確かに豊かにしてくれた。

これは私の主観だけど、
レベッカは服を通して、新しい自分や、素敵なスタッフの方、そしてレベッカが大好きな新しい友達を「仕合わせる」。そんなお店だと思う。
そんなブランドなかなかない。そう思う。

だから、レベッカブティックというお店が無くなってしまっても、一人一人の思いが織り込まれたお洋服は、いつまでもレベッカとえるさんとレベッカが大好きな一人一人をつなぎ続けるんだろうなと思う。そして、また誰かの「仕合わせ」を織り続ける存在になるのではないか。
少なくとも、私はそう確信している。

「仕合わせの服屋」レベッカブティック
この服屋に出会えたことは私にとってうれしい奇跡の一つだ。

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(「ペースを乱さぬワンピース」と私。これからも自分のペースを乱さず歩いていきたい。)

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