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≪わたしごと29≫大英博物館での経験

私は大英博物館が最高に好きだ。大英博物館でのインターンの機会を貰って内部で働いた2か月は、もう死んでも悔いないと思った。

もともと大英博物館がロンドンにあるからロンドンに来たのであって、大英がパリにあったら、今頃パリにいるかも知れない。きっかけは実家にあった世界第四文明の図解で、大英博物館の魅力が詰まっていた。

それは家にずっとあったのだけれど、二十歳くらいの時になって初めて、表紙にあったアステカのトルコ石モザイクの頭蓋骨の暗い眼光に引き寄せられて、ページを開いた。メソポタミアのライオンハントのレリーフの凄み、エジプトの神秘的な棺の模様、文字の歴史と解読のサスペンス。ここに私が出逢うべき何かがあるんだと、直感的に思った。

それから紆余曲折あって、真っ直ぐでないけど思ってもいない方法で、大英博物館のバックヤードにいた。保存修復のインターンとして。比較的新しく出来た棟で、設備全てが新しくて最新だった。6人ほどのチームで、みんなとてもウィットがあって、仲良しだった。

ガンダーラの仏像レリーフ、インドのシバ像、ギリシャの彫刻、エジプトの壁画・・・美術館のガラスケースの向こうのものが、毎日目の前にあるという事が俄かに信じ難かった。

色々な違った素材、制作地のものを担当させて頂いて、今思うと本当に感謝しかない。担当させて頂いた殆どのものは、そのまま常設展示されて、博物館に行けば会えるけれど、当然触れないので少し遠い。ガンダーラの優美な仏像が翳した手のひらに触れたことを思い返すと、その接点がより直接的に歴史へと、感覚へと誘ってくれる。その手の意味は"Do not fear."。私は特別仏教徒ではないけれど、もののもつパワーがメッセージとして私の心の中に残り、その経験が人を勇気付けるというのは、それは宗教心かなと思う。

ちょくちょく私を連れ回してくれてもくれた。写真撮影室では最高の機器を使って、エジプトの棺の写真をとっているチームに会い、X線分析室では倉庫みたいな大きさに驚愕した。陶器の修復をしている人や、レプリカを作る人、展示の構想室で実際にパーテーションを立てながら話し合っているチーム。博物館というのは裏でものすごい数の人たちが情熱をもって働いているのだなという事に、感動する。

でも一番感動したのは、ものと一対一で対峙できた事。収蔵庫を巡らせて貰ったのだけれども、例えばメソポタミアだったらメソポタミアのものがずらーっと長い倉庫に並んでいたり、棚に置かれていたりする。展示されているものとは違って、ひっそりとしていて劣化し部分がなにか負傷したようで、それでいて生な感じが迫る様で、愛着が持てた。

開館前に展示室を歩くのが好きだったのだけれども、それは特別な時間だった。舞台の開演前みたいに、おのおのそれぞれの言葉で雄弁のように感じた。一旦開館すると一点集中してものと対話するというのは難しい。喧噪の中にある直立したエジプトの棺なんかは、鳥肌が立つような威厳をの気配を消して、苦笑いしているみたいだった。でも、こどもたちがWow!といいながら飛び回るのは、それはそれで楽しい。

ものというものを古代から人間はつくっていて、それは道具だったり宗教的なものだったり、魔術的なものだったりするのだけれども、そこには死生観が漂っている。翻って、現代に生きる私たち日本人の死生観って、何かと思うし、死生観と近い美的感覚というものを投影した日本の工芸を辿っていくと、なにか見える様な気がしてならない。

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