≪わたしごと76≫コンサベターにまつわる、もろもろの事
コンサベターというお仕事は、文化財や美術品、考古学的資料や思い出の品、そんな多岐に渡るものを修復するお仕事だ。私はそれをロンドンの大学で学び、現在コンサベターとして働いている。
日本語では何に当たるのだろうとお話を幾人かの方に伺い、また本を読んだところ、最終的にわかった事は、決まった名前が無いという事である。修復師、修理士、修理技術者などなど、分野によって違う言い方がされていたりする様だ。
ヨーロッパでは、Conservation と Restorationと2軸があって、何が違うかと言うと、ものへの介入度が違う。どういうことかとざっくり言うと、なるべくものに変化を与えない修復の方向性がコンサベーションで、椅子の足を新しく作って付け替えるなどの変更をものに与える方向性をリスト―レーションという。
どっちが良いとか悪いという事では無くて、どちらの方向性が目的に叶っているかという判断基準である。例えば、美術館に展示されるような18世紀のアンティークの椅子は、足が弱くても補強せず埃を払い展示台でサポートするかも知れないけれど、それが使うものであったら、座って足が壊れてしまうといけないので、座るに耐える様に補強される。多くの場合、前者をコンサベーション、後者をリスト―レーションという。
コンサベターは保存修復するのが仕事だが、実際何を保存するのかと言ったら、私はものの価値を保存しているのだと感じている。私の先生はコンサベーションのエシック(倫理)の授業で、コンサベターとは"ものの代弁者" になる事と言っていた。 そのもののもつ価値の所在ってどこなのか、その価値を何の為に又どう保存して、将来どうしたら良いのか、をものの代わりになって対話していくという意味だ。
そもそも文化財って何かという文脈で、ものだけじゃなくて無形のものも含まれるのではないか、という議論が90年代半ばあたりからなされて、2003年に無形遺産の保護に関する条約が出来て以来、ダンスや民謡、伝統工芸の技や文化空間などを、文化財として取り扱う概念が出来た。しかし技に関しては、日本では1950年の文化財保護法で既に含まれているし、無形のものに関する文化的要素は日本人の理解は強いのではないかと思う。
そんなことをぐるぐる考えていると、コンサベターの内に含まれる広義の保存の対象が、修復師や修理士とすると、抜け落ちる部分があるのではないかと思えてくる。
コンサベターが寄与できる分野は、もしかしたら無形文化財をどの様に保存していけばいいのかかも知れないし、文化を保存し活用する事かも知れない。保存修復に技術は大切なのだけれど、保存修復の仕事を技術者と捉えるのは、医者の仕事を患者の治療・手術に限定して捉えるのと似ている様に感じられる。お医者さんは、患者さんの話を聞いたり、個々の問題を生活習慣から考え直したり、寄り添う事も仕事のうちだし、良い生活習慣をプロモートするのも仕事かもしれない。
生活の豊かさという事が見つめ直されているが、このコロナの影響で、一人一人が少なからず何かの視点で価値観の見直し、またこれでいいのだろうか、そんなことを思ったのではないだろうか。私たちはどんなことに価値を置いて、豊かさをどう捉えていくのか。そんなことを文化や文化財を通して、考えて行きたいなと思っている。
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