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アリババ珈琲店【X版】⑨《そっちは悲劇》


Xと翔子は顔を見合わせた。二人とも微妙な空気感を漂わせた。お手上げ状態であり、かつ好奇心もあるといった具合だ。マスターは珈琲の香りがするため息をついてから続けた。
「はぁ、なぜ、人は自らの問題にもっぱら外側に解を求めるんでしょうなぁ。なんでもかんでも外側に責任を求める輩は成長のない馬鹿者とほおっておくにしても成長意欲があり、自らを省みる力のある人でさえも外側を向く。ヒントを求めるのは、賢明なことですが、ごくごくごく一部の例外の人を除いて自分以外知らないはずの解決方法を他者に求めるようなことをする。暗号で言えば、秘密鍵を他者に問うような事を何の疑問も挟まずしてしまう。最も悲しいのは、せっかく原因を内側に求めつつもただ自分がだめだからだ、自分が弱いからだ、無力だからだ、と自分を責めに責めて生きる力そのものを消耗してしまう人が多いことですな。すると、もう建設的に考える思考力も残っちゃいない。」

芽衣が悲し気な雰囲気をまとった。

「そうですわね。自分をお責めになってもいいことなんてひとつもありませんわ。マスターがおっしゃるとおり、生きたいという炎🔥の消火活動を行っているのですわ。そしてそのゆうに半分以上は、無意識のうちにせっせと休みなく行っているのですわ。」

「人は、自らに降ってきた問題は、大抵が自分自身で解決できる力をもっているもんです。ただ、確かに例外がある。時にその限界を超えることがあるのですな。言うならば、カルマがカルマを呼び、雪だるま式にその重力が増しもはや身動きが取れない状態になることが人には起こることがあるのです。その重量に負けないために、自らの内側にエネルギーを注がなければならないところを自責をしてその真逆をしてしまう。

そこで彗星の如く、SF小説さながらに、超人たちが地上に誕生したわけです。人を苦から救いたい、そんな聖人の志が極まった時、未だ科学では解明しきれない不可能を可能にするような奇跡の手法が生まれたのですな。魔法の杖をふるようにして素粒子の世界を動かしそれから問題を起こす思考を生み出す脳の神経ネットワークの配線を変えるんですよ。

そんなことは、漫画か小説の世界だと思いますか?非科学的な妄想だと思いますか?

そんな超人はいないと思いますか?ははは。信じる信じないは、さして重要ではありませんが、おりますよ。現実にこの地上に。地球は、なんでもありなのですよ。人類は、なんでもありと言ったほうがいいですかな。人類は植物も含め地球上の総生物量のうち、たった0.01%を占めるだけだといいいますが、人口は77億人もいるんですからな。奇人、変人、超人、才人なんでもござれですよ。比較的有名なところでは土を食べて長年生きている人もいる。水でさえもまったく口にせず排泄もしない人もいる。真似など到底できやしませんが、彼等も同じ人ですからね。想像を絶する人は地上に存在するのです。ついでに言えば、飼い猫の数は世界中で6.5億匹なそうですな。わんちゃんと2億匹の差をつけて世界一飼われているとか。」

「あら、結構な数です事。マスターもわたくしも猫はですわね。三密と莉奈ちゃん、ほんとどこに行ったのかしらね?」

「まぁまぁ、じっきに帰ってきますよ。心配はご無用です。何せ心配は毒を送りますからな。

しかしですなぁ前々から不思議に思っていたことがあるのですよ。なんだか自然界のフラクタルの掟のようでしてな。」

「フラクタル、ですか?ブロッコリーとかロマネスコですか?」

「さすが、X君、良く知っておりますな。そうです。全体と小さな部分が相似的な構造をとっているという自然界の法則ですな。ポーランドのワルシャワ出身の数学者ブノワ・マンデルブロが導入した幾何学の概念ですな。植物界だけでなく、血管の分岐、腸の内壁、株価やFXの値動き、海岸線まで自然界に広く見つけることができるんでせすな。それだけじゃなくてですな、これもフラクタルじゃないかと思うんです。

地上にいる生物種は300万とも3000万とも億ともそれ以上とも言われていますが、そのうち90%ほどはまだ未発見だとされているそうじゃないですか。これも不思議と90%・・・、無意識と意識の比率と酷似していますなぁ。ほら、先ほどちょいと言いましたが、宇宙のダークエネルギーやらダークマターとやらと、観測できるエネルギーの値もだいたいこの比率。それにですな、ミクロの遺伝子にしても人間が機能を特定できているのはせいぜい10%前後。海についてわたしたち人間が知っていることもそのぐらいとされております。未知と既知の比率がここでも90:10。いやぁ、不思議。不思議ですなぁ。あぁ、話が飛びました。いつものことですけどね。えっと。」
「超人のお話をしておりましたわ。」
芽衣が口を添えた。

「あぁ、そうそう。たまには、こう話がしたくなるもんですよ。珈琲を入れるときは無心なのですがね。中年を過ぎたせいか、頭のなかに蓄積されてきたものをどーっと出したくなるわけです。思えば中年とは曖昧な表現ですな。84歳でしたかな、こう平均寿命が長くなって、これからもさらに長くなるというから、いつが中年なんだかわかりませんな。」
「40代から60代ぐらいなんじゃないの?ほら、ミドルエイジクライシスとか言われてるのって、この年代。わたしはアラフォー世代に突入したところ。結構これからが楽しみだけどね。人生のクライシスは遠の昔に経験したから、免疫が付いているわ。なんでもござれよ。」
翔子が肩を上げると、Xが快活に相槌を打った。
「翔子さん、小気味がいいですねぇ。」
「ありがとう、X君。」
ここにくるまでの翔子は、誉め言葉が苦手だった。素直に受け取れなかったのだ。わたしなんて、とどうしても卑下をしてしまう。それは謙遜ではなく卑屈なところからくる反応だったことを翔子は自覚しており、褒めの言葉を発した相手に不快な印象を与えてしまうことを恐れていた。会話において不安はすぐに相手に伝わるもの、実際に会話に不具合をきたしてきた。しかしそれも今は違う。他者の誉め言葉を謙虚かつ正直に受け止められる。翔子はこの珈琲店に来る前と比較すると、比べようもないくらいに己を肯定的に受け入れられるようになっていたのだ。それは、アリババ珈琲店のマスターや芽衣たちの温かい保護と支援のためだけではなく、究極的には本人によるものだった。確かに彼等は翔子に自分を変えうる方法を提示したが、実践したのは他ならない翔子自身だった。

「えっと、それでなんの話でしたかね。あぁ、超人だ。おりますよ。手をかざせば、立ちどころに悩みの根源を断ってしまう癒しの超人もいるんです。物語の中だけじゃありませんよ。人類が想像したことは、現実にすることができるんです。どうせなら、互いの相違を認め合い尊重し合い、愛と思いやりが地上の隅々まで行き届いた世界を想像して現実化させたいものですな

。それは、言い換えれば、『己をよりよく知り、ありのままの己を受け入れ愛する』そんな人であふれることなのでしょうなぁ。物理次元に実現化するにはものによって時間差はあるようですけどね。SF小説の中のフィクションが、時を経て現実の世界になったのをわたしたちは知っておりますな。一定数の人たちが意を込めて願ったことは、紆余曲折がありつつも現実となるものです。
そう、この地上には、尋常の枠を超えた超人なる人たちがいる。本の世界だけじゃないのです。新人類といってもいいかもしれませんね。ははは。それで、彼等の中には他者を救おうと善意の高尚な使命を抱いている超人たちもいるんです。悩みを抱く衆生をその白魔法で癒しすんですよ。地上が明るい場所となるように、宇宙から光を下ろしているような錬金術師たちもいるもんです。探しますか?ははは。お好きにするといい。実のところ、彼ら超人は、現れるべき人にだけ向こうから現れてくれるもの。探せば見つからない、あれですな。ははは。

それに、

大なり小なりわたしたち人類全員が魔術師なのですがね。魔力に秀でた人たちを探すよりも自身の力を磨いた方がうんと効率がいい。アマゾンから最高の蜜を探すようなものですよ。ちゃんと、ありますよ、濃密でぐっと刺激をもたらすような芳香を放つ甘い蜜がね。一口食べれる度に人生が蜜の味に変わって行く魔法の蜜ですよ。ですから探せる資質が備わっているのなら、いざ、広大なアマゾンの熱帯雨林へと探してもいいと本気で思いますよ。まぁ、森林伐採が続いたにせよ、まだまだ人にとっては広大なジャングルです。そう簡単には見つからないでしょうな。秀でた嗅覚でも持っていれば別ですがね。」

「ジャングルって・・・、それって比喩よね。本気ジャングルに行くのを進めてるみたいだわ^^;」
翔子が言うと、マスターは活気づいた。
「あぁ、ジャングルは比喩ですよ。ははは。本気で探しに行くのもいいですなぁ、冒険ですなぁ。アマゾネス!ギリシャの伝説の女戦士一族のようではありませんか。」
「ったく。」
翔子は呆れている。芽衣はくすくすと笑いXも微笑んでいる。
「魔術師を探すことは、今の何かを変えるべきだと思うからでしょう。それが、でこぼこのマイナスの補填であれ、より高みを目指すことであれ、変化を望むことはわたしは尊いことだと思いますよ。

人がより高い幸福を目指す。いいですなぁ。そういう人の真摯な姿を想像するだけで、人をやって良かったななんて思える事もありますな。高みを目指すことは自体はちっとも悪いことなんかではないんです。ただねぇ、高みの場所としての目的地へ行きつくための道順なり、歩き方なりをもっぱら外に求めるのはいかがなものかと思いますな。そりゃぁ個人の自由ですから外に求めてもいいんです。

なんでも本でもなくゲームてもなく、実際の個人的な体験は、強烈な学びをもたらしますからな、試してみるのもいいんですがはっきり言って遠回りですなぁ。ははは。ずばりいってしまえば、何かがうまくいかない、同じサイクルをぐるぐるしている、そんな個人的な悩みなりなんなりの問題解決を模索するのならば、まず己の内側にその問題の根源を求めるのが先ですな。それが人の悩みであれば、内側にない答えはないと言っても過言ではないのですよ。」

「内側に問題の根源を求める方法は、外側から学ぶ必要があるのではないでしょうか。」

芽衣が聞いた。

「おっと、そうですな。問題の根源を求める方法は先人に求める必要がありますな。これは外側ですなぁ。しかし、実践するのは、本人。
『現状維持は、退化。かつ、今を受け入れないことは悲劇の始まり。』人が高みを目指す、それは人としての美質以前に生きる事の肯定に他ならないと思いますが、そのためには、内側のリサーチが必須ですな。」

「マスターは、俳優になれそうですね。それは誰かの格言ですか?」
「いや、X君、わたしが作ったものですよ・・。ははは。昔はそれこそもっと逃避的に怠惰に暮らしていて、そのとき自らを奮い出させるために自分に言い聞かせていたのです。悲劇はもうまっぴらだと。」
「マスター、語るわねぇ。」
翔子が野次るように言ったが、根底には好意があった。それもそのはずである。なぜなら、翔子がこのように平常心で珈琲や会話を楽しむことができているのもマスターたちのおかげだと思っているからだ。
「あぁいやぁ、すまんねぇ、ときどきこうして語りたくなるんですよ。今日は、X君がここにいるから、余計に一人のおやじとして頭に積もったものを放出したくなってねぇ。アウトプットってやつですかな。」
「ひとが熱を込めて話すと言葉が生きるので、ぼくは好きです。」

Xの澄んだ瞳に透明度と輝きがました。
「X君、人間できてるわね。わたしなんて、半分以上珈琲堪能に意識が行ってて残りほんの少しが、マスターの演説よ。貴重な10%をきるわたしの顕在意識はほとんど珈琲☕。無意識は何をしているのかしらね。」
「翔子さんったら。うふふ。ときどきマスターも語るのよね。」
「翔子さんは相変わらず厳しいですなぁ。しかし嬉しいですねぇ、X君がそう真剣に聞いてくれるのでついつい話しているんですよ。って、何を話していましたかな。」
「その・・、『現状維持は退化。かつ今を受け入れないことは悲劇の始まり。』矛盾するようにも聞こえますね。」
「あぁ、そうでしたな。X君。ありがとう。現状維持を突き破り、人が高みを目指すのは尊いことだとわたしは思っているのですよ。中には、そんなことは欲だと否定的な人もいるもんですがわたしはそうじゃない。不幸のさなかにいる人が現状を変えようともがき、一方で変わらぬことを笑う人もいるもんです。どちらが馬鹿野郎かは見る人次第ですがね、わたしははっきり言いましょう。後者が馬鹿くそ野郎ですよ。現状を変えようとしても変わらないのは、やはり無意識が変わろうとしない選択をしているのですよ。なにせ、人生の方向性を決める判断の9割が無意識が占めているといいますからな。方向転換をさせるには無意識を変える技術を知りさえすればいいのです。現状維持型の人は、あれですな、ひと昔スペンサー・ジョンソン氏の『チーズはどこへ消えた?』がベストセラーになりましたが、そのうちの小人ホーですかな。」

「ありましたわね。自己改革しない人としてのホーは茹でガエル。一方で、情勢の変化に対応するだけでなく、うまくいっているときも常に新しい可能性を模索するねずみのお話だったかしら。当時のアメリカ社会が変化の真っただ中にあって変化を推進するような風潮もあったのでしょうけれど、今にも通じますわね。20年前以上に比べてぐっと社会変化の速度が速くなっていますから。いずれにせよ、すべては変化していくものですわ。不変と信じている愛や信念もその強弱は変化していくものですもの。」

「わたしの珈琲への愛は変わりませんよ。おぅっと違いますな、変わっているんでしょうな。ますます刻一刻と深く無敵の愛となっていますからな。ははは。人は変化する環境の中で最後の瞬間まで学び、そして成長するかもしくは退化をするか、どちらかですな。願わくば、なんらかの霊的進化なりを遂げたいものですな。

この珈琲店にやってくる人に多いんですけどね、成長志向がありながら悲劇の結果になる人がいるものです。無意識のなせる業なのでしょうなぁ。あぁ、悔しい、悔しいですなぁ、実に悔しい。どうにかして、それは避けて頂きたい。ただでできるこつがあるんですよ。それはジャングルに行かなくても大枚はたいて魔法使いに求めなくてもいい知識であり、技術なんですな。無意識が道案内をして悲劇へと導かれてしまう前に、わたしはなんとかして現状を変えようと、変わろうとする美しい魂にこのことを伝えたい。この珈琲店にやってくる前に伝えたいんですよ。」

「それが、無意識を意識する方法ですか?」


「さすがX君、鋭いですねぇ。悲劇の入り口は、現状否定ですな。

成長を志、今より高い位置にある夢や目標を望むことはいいのですが、ありのままの現状を否定してしまっては、それは悲劇への入り口なんですな。入口に近づくこと、それを無意識のうちにしてしまっていることでもあるんです。」


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