【小説】意図ある告白【4】1/3

4章 意図ある告白

          1

 清水ゆりはクラスメイトであり部長だ。
 清水と初めて出会ったのは文芸部の部室。俺の通う高校は入学してすぐのタイミングで部活説明会が執り行われる。中学時代は部活に所属していなかった──それに起因しているわけじゃないが、高校でも特別部活動に興味はなかった。俺には関係ないくらいの気持ちで説明を聞いていたため、各部活の趣向を凝らした演出を、失礼ながらさっぱり覚えていない。
 いや、忘れてしまったと言った方が正確だろう。
 何故なら、俺が所属することになった文芸部の紹介が、衝撃的だったからだ。
 鉛玉で心臓を撃ち抜かれたような、炭素の塊でぶん殴られたような、常識の上に立つ俺を、抵抗なく、あざ笑うように突き落とし、落ちる俺を見ながら小躍りでも踊るかのように、当時の文芸部部長の言葉は俺を違った意味で驚かせた。
 そんなはずはないと頭ではわかっていた。でも、確かめなくてはならない。嫌な汗を掻きながら、俺は文芸部の扉を叩く。部室には部長と、説明会の時、部長の隣に立ってはいたが一言も言葉を発していなかったもう一人の二年生。
 そして──俺の知らない女子が、そこに居た。
「やあ! 君も入部希望者だな! よいぞよいぞ。今年は豊作だな! と言っても、去年できたばかりの部活なのだが」
 部室に入るとひときわ大きい声でそう出迎えたのは、説明会で部長と名乗っていた女の人だった。
 女子にしては髪が短く、背も高い方ではない。だが、体を押し付けられるような声圧に、一瞬だいだらぼっちを錯覚させられたくらいに、部長の態度は大きく見えた。そんな見た目と反する言動から感じ取れるほどに、活力が溢れ出ている。
「さやかちゃん、いつも言っているでしょ──明瞭簡潔に必要なのは分かり合うことだって。一方通行じゃなく、双方向のコミュニケーションを取ろうね」
 部長を嗜めたのはもう一人の二年生。身長は部長とさして変わらず、煉瓦色に染められた髪が特徴的な、それでも特別個性的とは思わないどこにでもいる女子高校生。
 説明会では隣でじっとしていたことから、副部長と言うよりは補佐役なのだろうと勝手に思っていた。だがその実、秘書のような厳格さは今のところ見受けられない、物腰柔らかな雰囲気を纏っており、部長に放った諌言からわかるように、あまり慕っているようにも見えない。
「おっと、うちとしたこがつい舞い上がってしまった。顔から炊が欠ける思いだよ」
 顔から炊が欠ける?
 俺が小首を傾げていると
「炊が欠ければ火が出てきます。つまり、顔から火が出る」
 俺より先に部室を訪れていた、部長の発言からこいつも俺と同じ新入生だとわかる女子が解説してくれた。
「物分かりが早くて助かるよ」
 そう言い、んん、と一つ咳払いする。
「改めて自己紹介といこうか──名を蓮沼。文芸部部長にして部の創設者だ。以後お見知りおきを。そして隣が──」
「相生悠です。相手と生きるで相生。悠長の悠ではるかと呼びます。名前だけでも覚えてくれたら嬉しいな」
 蓮沼は簡潔に、相生は丁寧な紹介だった。
 だが、相生がわざわざ下の名前まで丁寧かつ覚えこませようとした本質はきっと、読み方の問題だ。言葉では識別できても、例えば名簿に相生悠と書いてあれば、教師も生徒もそれをゆうと発音してもおかしくない。仮に相生ゆうだったとして、違和感もない。
 それでも本人からしてみれば、親から貰った名前を読み間違えられるのは、あまり気分のいいものではないだろう。それと同時に、初対面相手にいちいち訂正しなくてはならない名前も少々億劫だ。
 名前の持つイメージがそのまま本人のイメージにすり替わること何てざらにある。
 このときの俺は、相生に対して心の片隅程度に共感し、同情した。
「さて、二人の名前も確認しないとな。ほれ」
 そう言い、蓮沼は両手を前に出す。
 二度目の首曲げを披露している俺を横目に
「まだ入部すると決まったわけではないので」
 と、名も知らない女子が言う。
 入部すると決まったわけじゃなくとも、名前くらい名乗っても損はしない。
 俺がわざわざ注意する必要はないが、その内こいつは痛い目を見そうだと、一人考えていたが
「おっと、そうだったな。うちの悪い癖だ、許してくれ。なくて七癖あって四十八癖とは言うものの、さすがのうちも四十八もの癖はないな。あって八癖くらいだ」
 ははは! と、一人楽しそうだ。
「自覚しているなら少しは反省しようね」
「おっと、言われてしまった。では、入部希望用紙はまた別日に受け取るとしよう。仮入部期間も設けられていることだし、貴重な時間を有意義に活用するがいい」
 蓮沼の言葉で俺は納得した。両手を前に出したのは、握手やハイタッチを求めたのではなく、名前が記された物──入部希望者用紙を受け取るためだったのだ。
 なるほど、名も知らない女子の物言いが理解できた。
 相生に窘められていた──明瞭簡潔に必要な分かり合うことが、蓮沼にはできていない。相手の忠告を聞き入れられないのも、蓮沼の八つある癖の内の一つか。
 それにしても、この女子は一体何者だ? 名も知らなければ得体も知れない。
 一を聞いて十を知る、機宜を得た処理でことごとく蓮沼の意図を汲み取っていく。これが中学生と高校生の違いなのか……、それともこいつらが特殊なのか……。
 どうか前者であってくれ。でなきゃ、俺がこの高校を選んだ意味がなくなる。
「貴重な時間を有意義に……。では早速そうさせていただきます」
 俺に体の側面だけを向けていた名も知らない女子は、体の向きを変え、前面が俺、蓮沼、相生に見えるような角度に変え、
「清水ゆりと申します。清らかな水に平仮名でゆりと書いて、清水ゆりです。よろしくお願いいたします」
 と、相生に負けず劣らずの明瞭な自己紹介と共に、ペコリと頭を下げた。
 部室に音域の違う二つの拍手が鳴り響く。
 そして、三人がこちらを見る。
 流れ的に次は俺の番なのだが、気持ちとしては少し足を運んだに過ぎず、仲良くする気もなければ入部する気はもっとない。
 しかし、突きさすような三つの視線に、俺の考えは即座に却下される。
 進むも地獄、戻るも地獄──行動対比の観点からこの場合、戻るよりは進んだ方が被害は少ないと直感する。
 箱庭の鳥のように、不自由であるがゆえの自由に身を投じた方が、案外長生きできるってもんだ。
「滝野葉月。華厳の滝とかの滝に、えーと……、野宿の野。八月の和風月名で葉月、です。……よろしくお願いします」
 清水の時と同様、部室に音域の違う二つの拍手が鳴り響く。ふと清水を確認すると、二つの音にかき消されているが、それでも小さい手を叩いていた。
「よしよし。これで合計──いや、暫定四人となったな。心なしか部室の温度も上昇してる。ちと熱いくらいだ。でも部員数は多いに越したことはない。まだまだ勧誘を続けるぞ」
 な、はるか! 蓮沼の問いかけに相生はただただ優しく微笑むだけだった。
 それからと言うものの、勧誘とは名ばかりの略奪行為に似た新入生争奪合戦が繰り広げられる。
 蓮沼の行動力は皇道力へと変わり、文芸部と言う名の小国を統べる国王のような風格を持って、領土拡大も試みるも、成果を芳しくなかった。
 自国で賄えないのなら隣国から奪う──蓮沼は今にも他国(他の部活)に攻め入りそうな勢いではあったが、そんな暴れ馬の手綱を握っていたのが、相生だった。
 その光景が、俺を安心させる。
 紆余曲折あり、俺は文芸部の一員となった。志望動機はあるにはあるが、言語化は難しい。それでも言葉にするとすれば、カプサイシンの摂り過ぎはよくないが、適量であるならば、体にいい。
 清水はどうして文芸部に入部しようと思ったのか。
 機会があれば、聞いてみるのも悪くない。
 あいつが素直に教えてくれるわけがないが。

          2

 気がつけば、高校二年生に無事進級していた。体感ではついこの間入学式を終えた、ぴちぴちの高校一年生感覚なのだが、今年の一年は何ともあっという間に過ぎ去った。
 一年が年々短く感じる現象をジャネーの法則といい、歳を重ねると一年の比率が大きくなるそうだ。まぁ簡単に言えば、経験を積めば積むほど、時間の捉え方が変わるということだ。
 未知の体験は記憶に残り、時間を短く感じ、逆に単純作業のような慣れた事象に対しては、時間を長く感じるそうだ。
 類例を挙げるとすれば、楽しい時間は早く過ぎ、退屈な時間を長く感じる──授業を一時間受けるのと、家で一時間本を読むのとでは、体感時間は全然違う。この一年間、俺の身に起こった波乱万丈な学園生活がそれを物語っている。
 ……まてまて。これだと俺が、文芸部での出来事を楽しんでいたことにならないか?
 ……違うな。考え方を間違えた。類例であり類似ではないのだ。未知と享楽をイコールで結んではいけない。
 俺が二年生に上がったという事は、時計の針をぐるぐると無理やり回し、俺の時間を奪い続けた先輩方も三年生になったといわけだ。流れ星のようにさっそうと現れては、俺がやめてくれと三回言う間もなく、事件を投下する。願いを言ったところで、流れ星に叶えられる願いはクレーターを作ることくらいだ。
 そんな自由奔放に好き勝手時間の浪費に勤しんでいて先輩方も、今年から受験生──部長は「席は置いておく。その方が活動予算も増えるからな。だからって、無駄遣いするなよ。まぁ、滝野ならまだしも、清水に限っては大丈夫だろう。受験勉強がひと段落したらまた顔を出す。それまで文芸部を守り抜いてくれ! では、さらば」とか何とか言い残し、俺たち二年に小国の発展を任せ、王座を退位した。
 そして、新たに禅譲され、王座に即位したのが、同じ二年生で、今年から同じクラスになった──清水ゆりだ。
 清水が部長に指名されることはわかっていた。誰だってそうするし、俺だってそうする──渋谷の高校生百人にアンケートを取ってみたとしても、百人が百人、清水を選ぶことだろう。
 去る者もいれば来る者もいる──俺がそうだったように、新入生が一人、何を血迷ったのか部室の扉を叩いた。いや、叩いたのではなく、恐る恐る、箱の中身を触覚で当てるように、ゆっくりと、そこに妖怪変化の類がいるかのように、扉は開かれた。
 緩慢な動作で部室に入って来たのは、一人の女子だった。今にも泣きだしそうな空のように、不安が顔から滲み出ている。突けば今にも崩れてしまいそうな女子に何と声をかければよいか、俺が考えていると
「初めまして。見学になさったのですよね。でしたら、どうぞこちらに」
 と、声色優しく新入生を部室に招き入れた。
 同性からの誘いが良かったのか、それとも清水の持てる力なのか、どちらにせよ、扉の前で固まっていた女子は、表情を少し和らげ、清水に言われた通り、俺たちが普段使っている机の椅子に着席した。
 それから主に清水とその女子──志村香織と言う名の一年生は、会話を楽しんでいた。
 さっきまで曇っていた顔が嘘のように晴れ、部室に明るい声が響く。
 今までの喧騒とは違い、ゆったりと川が流れているように、何の事件にも発展しないそんな会話を、俺は黙って聞いていた──長く感じていた。
 そして志村は我が文芸部の一員となったのだが、今年は一人しか入部者は来なかった。
 まぁ、俺と清水を大人数でわいわいするよりは、このくらいが丁度いい──と、俺は思っていたのだが、どうやら清水は違ったようで
「滝野さんの部活説明が良くなかったんだと思います。もっと諧謔的な紹介はできなかったんですか」
 などと文句を言っている。
「何を言っている、本来お前が説明するはずだっただろ……。それが、いざ出番って時に、『やっぱり代わって下さい』って言いだしたんだろ」
「滝野さんも文芸部の一員なら、少しは手を貸してくれたっていいじゃないですか。部長一人に全ての重責を押し付けるのは感心しません」
「いや、全てを押し付けるつもりはもちろんないが……。でもな、お前が言ったんだぞ、『私が説明します。滝野さんは私の高尚はスピーチを見て是非勉強なさって下さい』って」
「……」
 あ、黙った。
 まぁ、新入生の数は大体百五十人くらいいただろう。いざそれを目の当たりにした時の威圧感は、さすがの俺でも緊張した。
 今年の説明会は、入学式から三日後の金曜日に行われた。去年も思ったが、我が校の説明会はあまり公平ではない──何故なら場所が体育館なのだ。
 体育館の半分ほどのスペースを使用していいことになってはいるが、サッカー部や野球部のように、普段校庭で活動している部活は如何にも勝手が違ってくる。だからと言って、校庭で行うもの不備が生じる。
 伝統とまとめてしまえばそれまでだが、もう少し工夫を見せてほしい。
 例えば、映像を前もって収録し、それを流せばそれだけで済む。わざわざ体育館に上級生が無駄に集まる必要もなくなる。
 まぁ、燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや──大人の考えなんぞ、子供には理解できない。
 サッカー部はお得意のリフティングを披露していた。本当はフリーキックなど、もう少し派手な演出をしたいのだろうが、さすがにそれはフリーダム過ぎる。
 野球部はキャッチボールをしていた──ただただキャッチボールをしていただけである。キャプテンらしき人が頑張って説明していたが、見ている側が辛くなる、そんな光景だった。
 校庭組の紹介は、どれもこれも手探り感のあるものに終わった。
 それに比べ、普段から体育館で練習を行っているバスケ部の魅せ方はよかった。
 これもキャプテンであろう人物が
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます! 僕たちのホームグラウンドにようこそ、バスケ部です! これからバスケ部はあるゲームをしようと思っています」
 と、体育会系ならではの、ハキハキとした挨拶が体育館にこだました。
 ゲームと言う表現に、俺は少し疑問が沸いた──試合ではなくゲーム。確かに試合と書いてゲームと読ませたりもする。では一体何をするのか? 思いつくところとしては、そのままの意味で、さすがに五対五とはいかないまでも、三対三の試合形式でバスケを紹介することだ。
 しかし違った──そのままの意味ではあったが、俺の意味していたゲームとは毛色が違う。
「これから我がバスケ部が誇るスリーポイントシューターが、十本連続でシュートを成功させます。もし、十本全て成功できた暁には、ぜひバスケ部に入部して下さい!」
 バスケ部のパフォーマンスを俺は素直に面白いと思った。
 バスケの試合を生で見たことはないが、テレビでなら何度か見たことがある。ドリブルを駆使して相手ディフェンダーを抜くのはかっこいい。パスを繋いでチーム一丸となってディフェンダーを抜くのももちろんかっこいい。
 でも、試合中一番歓声が上がる瞬間は──ゴールが決まった時だ。
 バスケにおいて必要なものはフィジカルだ。ボールをゴール下まで持っていく力、ゴールきわの攻防戦に、貧弱な者は立たせてももらえない。
 昨今のバスケ事情に詳しいわけじゃないが、一昔前のフィジカル全盛期とは違い、今はアウトサイドプレイヤーが重要視されている。その中でもスリーポイントの練度、決定率はチームを大きく変える。
 相手の隙を伺って、針の穴を通すかのように放たれるシュートが俺は好きだ。
 バスケで一番かっこいいシュートはと聞かれれば、迷わずダンクシュートと答える。
 だが、バスケ一番美しいシュートと聞かれれば、スリーポイントシュート以外ない。
 スリーポイントの良いところは、シュートが放たれてしまえば、誰も干渉することができない点だ。放たれたボールは皆の注目を浴び、選手はボールの行方をただ見守ることしかできない。選手に観客、実況でさえも言葉を呑み込み、静寂が生まれる。
 そして、ゴールが決まった瞬間、思い出したかのように息を吸い、地球のことなどお構いなしに、言葉ではない感情の高まりが会場全体に響き渡る──あの光景は、何にも代え難いことだろう。
 バスケ部のパフォーマンスが始まる。最初の一本目が多分、一番緊張するはずだ。何回かボールを地面に叩き、ボールの縫い目を気にしながら、一度ゴールに目線をやり、そしてまたボールに集中する──これは彼なりのルーティンなのだろう。
 右手でボールを持ち、左手は添えるだけ。膝を曲げ、ボールを投げ入れる力を貯め、そして、放たれた。
 ボールは綺麗な放物線を描き、ゴールに吸い込まれるようにして──入った。
 新入生から拍手が沸く。舞台袖で見ていた二・三年生からも拍手が沸いた──もちろんその中に俺も入っている。
「滝野さん、バスケ好きなんですか?」
「いや全然」
 そうは見えませんけどね。と清水が俺に問いかけてくるが、今はそれどころではない。
 一本目が綺麗に決まり、緊張がいい感じに解けたようで、二本目三本目はさっきよりもリラックスして打てていた。
「おお、フォームが崩れることなく一定だ──相当打ち込んでるな、あいつ」
「……本当に好きじゃ──」
「好きじゃない」
 清水もしつこい奴だ。
 そして四本目も無事決まった──これは本当に十本全て成功できるかもしれない。
 確か全てのシュートが決まった暁には入部してくれとバスケ部の部長は言っていたが、それは新入生だけが対象か? もしかしたら、この場の二、三年生も対象なのではないか?
 やばいな……。最近体をあまり動かしていない。明日から朝のランニングをしなくては。
「清水、この学校って兼部は許されているか?」
「え? あ~……。いえ、一人ひとつまでですね」
「そうか……。なら、俺が文芸部の部員として活動するのも、今日で最後になるかもしれないのか」
「何を言っているんですか? ……まさか、バスケ部に入部なさるおつもりで?」
「このまま十本成功したらな──バスケ部との約束だ」
 いやそれは……。清水は何かを言いかけてやめた。
 シュートの回転が少し乱れたように感じたが、五本目も無事入った。
 ほんと落ちないな~。
 このまま難なく十本成功に終わるかと思われたがしかし、ゲームな何ともあっけない幕引きとなった……。六本目はゴールの枠に当たり、そしてそのままゴールとは反対側にバウンドした。
 まぁ、それもそうか。試合の中で打たれるスリーポイントシュートの成功率は三割前後だろう。形式は違うが、こんな大衆監視の中、十本全て決められる選手はそういない。それを思うと、五割も成功させたあの選手は確かに、バスケ部が誇るスリーポイントシューターなのだろうな。
 選手に対して新入生と、舞台袖の二、三年生から大きな拍手が送られた──もちろんその中に俺も入っている。
「滝野さんがバスケ部に入ることにならなくてよかったですね。だって、バスケがお嫌いなのでしょ」
「ああ……。心の底から安堵してるよ……。ほんと、成功しなくてよかったよかった……」
 シュートを打った選手ははけ、キャプテンが後を引き継ぐ。
「いや~、十本全て成功とはいきませんでしたね。でもどうですか? バスケのかっこよさが伝わりましたか? 十本中五本のシュートが成功したということで、五割の生徒が入部してくれたら嬉しいです。それではありがとうございました!」
 一礼をして、舞台袖にはける。
「清水、やっぱりこれが最後の活動になるかもしれん」
「はいはい、わかりましたわかりました」
 お互い冗談が言い合えるくらいにはリラックスしていた。
 部活紹介も次々終わり、いよいよ俺たち文芸部の出番となる。
 ん? 清水がもじもじしている。
「どうした? 手洗いなら裏手のドアを出て右だが、少し我慢してくれ。もう出番だ」
「デリカシーのないこと言わないで下さい。そうではありません。えっと……その~」
 なんだ? 少し様子がおかしい。
「ならどうした?」
「いや……あの、その~」
 司会の生徒が
「続きまして、文芸部の紹介です。文芸部の方、お願いします」
 そうアナウンスが入る。
 俺は一歩踏み出そうとしたとき、袖をつかまれた。
「滝野さん、やっぱり代わってください」
「……は?」
 俺の返事を待たず、今度は清水が舞台へと歩み出る。
 舞台に上がる時、係の生徒からマイクを渡されそうになっていたが
「こちらの彼が話されますので、マイクは彼に」
 と言った。
 俺の混乱を知る由もない係の生徒は、俺にマイクを渡す。ここで俺もマイクを受け取らなければきっと、この生徒は俺以上に混乱することになるだろう。俺は渋々マイクを受け取り舞台に上がる。
「あ、あ」
 キーン。ハウリングしてしまった。
 マイクチェックと喉を整えるために発した言葉だったのだが、いきなり出鼻を挫かれた。
 気を取り直し。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。初めまして、文芸部です。我々文芸部の活動ですが……」
 そこまで言って言葉に詰まる。
 活動と言っても何もしてないをしているような部活だぞ──サッカー部や野球部のように大会があるわけじゃない。吹奏楽部や演劇部のようにコンクールがあるわけじゃない。
 さて困った。部活紹介を任されると事前に知っていれば、多少事実を歪曲するが、それっぽいスピーチの一つや二つ用意してきた。それなのに、今さっき、しかも突然マイクを渡された身に一体何ができる。
 校長先生だって、総理大臣だって、大統領すらも、スピーチ原稿を見て喋るのに。
 隣に立つ清水は、壊れたスピーチプロンプターのように、存在を消している。
 新入生が少しざわついている。いかんいかん、何か喋らなくては。
「……えー、主な活動が三つです。一つ目は文化祭に文集を出すこと。文芸部ではありますが、何か創作活動を行っているわけではなく、内容も好きに決めてもらって構いません。参考までに、去年の文化祭では部員一人ひとりが今年読んだ本から一冊選び、その本のレビューを書きました」
 反応がいまいちだ。
 まぁ興味を惹かれるような内容ではないよな──文芸部である必要も感じない。
「そして二つ目。基本、これがメインです。部室で本を読んだり、談笑したり。放課後に退屈を感じた時、訪れるイメージで構いません。学校内に気の休められる空間ができるというのは、そう悪い事ではないでしょう」
 俺はそう思わないがな。気が休まるどころかすり減ることこの上なしだ─去年までは。
 去年の二の舞だけは避けたい──そんな想いのこもった声明と捉えてほしい。
「最後に三つ目──」
 三つ目……。何故俺は二つではなく三つと言ったんだ? バスケ部のスリーポイントシュートに引っ張られたのか。
 吐いた唾は吞めぬ──さて、どうしたものか。
「──これは活動ではなく文芸部が持つ特色とでも言いましょうか。三年生の先輩、そして隣で突っ立っているこいつ──それぞれが一筋縄ではいきません。どうでもいいことに興味をもち、どうでもいいことを看過できず、どうでもいいことを追求したがります。そんな奇人変人に囲まれた生活は、とても刺激的です。もし皆さんが、普通の高校生活を送りたくないと考えているならぜひ一度、文芸部に足を運んでみては如何でしょう。その時はきっと──普通がどんなに素晴らしいか、身をもって体験できます。……以上で文芸部の紹介を終わります。ありがとうございました」
 拍手は起きなかった。
 マイクを係の生徒に渡し、裏手のドアから外に出る。春風が体に当たり、俺は身震いした。四月になってもまだまだ冷えるな。
「滝野さん、最後──どうして自分を含めなかったんですか? 気に入りません」
「一人くらい普通が混じってなきゃ、新入生が入って来づらいだろ」
「一年生の目には、そうは映らなかったでしょうけどね。でも、とりあえずひと段落つきました。後は待つのみ。一体どんな子が入部してくれるのか、今から楽しみですね!」
 お前がやり切った感を出すのは違うだろ。
 まぁいい、やれることはやった。
 さて、今日はどんな本を読もうか、それともどんな雑談をしようか、それとも──どんな事件が起きるのか。

2/3に続く……

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