【小説】意図ある告白【4】2/3

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「先輩、何やってるんですか?」
 一学期ももう終わりに差し掛かっている。風が体を通り抜ける季節はとっくに過ぎ、まとわりつくような熱気が体を侵食する。
「何やってるんですか? じゃあない。見てわかるだろ。文集に乗せる文章を捻出してるんだよ。文章を考えるのには膨大な時間と労力が必要だ」
 今年の文化祭は、皆で話し合った結果去年と同じレビュー本は継続させ、プラスでコラムを掲載することとなった。部員数五名とはいえ、実質三人で一冊の文集を作らなくてはいけない関係上、一人当たりの労力の比重は上がる。文化祭は十月の初めに行われるため、印刷会社との兼ね合いも考え九月の初め、遅くても中頃までには完成させなくてはならない。
 ただでさえ今月末には期末試験も控えているってのに、文集作りも並行して行わなければならない。試験勉強が捗らないから、こうして冷房の効いた部室で少しでも進捗を上げねばと頑張っている俺とは違い、この後輩──志村は何ともお気楽だ。
「どれどれ」
 志村は俺の執筆用紙を覗き込む。
「へー、先輩ってこんな感じの文章書くんだ~。意外」
「俺のことはいいんだよ。志村、お前はどうなんだ? もう構成くらいは考えているんだろうな」
「いえまったく。試験もそうですが、追い込まれないと尻に火がつかないタイプなんですよ、私って」
「それで完成できるんだったら俺も文句は言わない。でもな、そんな一夜漬けみたいなやり方は、往々にして失敗するんだよ」
 一学期中間試験、切羽詰まり清水に頭を下げてまで勉強を教えてもらった男の言うことは違うな。
「構成くらいは考えておけよ──ギリギリで泣きつかれても、俺は助けないからな」
「その時は清水先輩に助けてもらいますもんね~」
 ほんと、可愛くない後輩だ。
「あーあ。文集何て面倒くさい物作る部活だって知ってたら、入らなかったのにな~」
「俺に愚痴るのは構わないが、清水の前では言うなよ──あいつはお前を可愛い後輩だと思ってるからな」
「先輩は私のこと、可愛い後輩として見てくれていないんですか?」
「自分の胸に手を当てて考えてみろ」
 本当に胸に手を当て考えている。
「ん〜……、ないですね!」
「はいはい」
 馬鹿をほっといて、執筆に集中しよう。
 部室に静けさが戻る──作業に集中していると、熱さも寒さもあまり気にならなくなる。
 視界の先で志村がふらふらしている。
 ん? 熱中症にでもなったか?
「おい、大丈夫か?」
「ん? はい、大丈夫ですけど、どうしたんですか、急に」
「ふらふら振り子みたく左右に揺れていたから」
「ああ! 違います違います。考え事してたんです。……それで思い出したんですけど、私って──先輩に謝った方がいいんですかね?」
 謝るね~。そうだった、その件については完全に棚上げ状態となっていた。志村が切り出さなければ永遠に、保留となっていたことだろう。
 今年のゴールデンウィーク前、俺はある後輩から告白を受けた。名前が確か、桜川とか言ったかな。桜川からの告白に俺は疑問も感じ、あまり褒められたやり方ではなかったが、断った。告白にどのような意図があったか今となってはわからないが、少なくとも好意はなかった。
 その桜川は、共通の知人から俺の情報を入手したと言っていた。その共通の知人にして、俺の情報を流布したのが何を隠そう──志村なのだ。
「別に、今更取り立てる話題でもないだろ。それに、謝ったところでお前の行いがなくなるわけじゃないし、俺が受けた仕打ちもなくならない。それでもお前自身、楽になりたいんだったら謝ればいい。謝罪なんて──その程度の意味しかもたん」
「うわ、性格悪」
 普通に引かれてしまった。
 改めて、志村は普通なんだと実感できた。
「でもいいな~。私も先輩みたいに性格が悪かったら、もう少し生きやすかったのかな」
「含みのあることを言っても俺は聞かないからな。話したいんだった清水にしろ」
「実は私、入学式で失敗しちゃったんですよね」
「おい、語りだすな。聞かないって言ってるだろ」
「そう、あれはまだ桜が花咲かせ、私たちを向か入れてくれていた時期──期待と不安、両方に押しつぶされそうになっていた春のこと……」
「回想に入ろうとするな──長くなるだろ。わかったわかった。聞いてやるからなるべくコンパクトにまとめてくれ」
 そうこなくっちゃ! 志村は嬉しそうな声を上げる。
 誰かに話すだけ楽になれたりもする。
 今日に限って清水は部活に来ていない。何が『家の用事で本日の部活は欠席します。埋め合わせの候補と致しましては、滝野さんからは言い出しづらいであろう勉強会が良いかと。日は追って連絡します。では』だ。
 とはいえ、正直ありがたい申し出ではあった。それがあるから、今日は執筆活動を優先させている。
「そうだな〜、どこから話した方がいいかな〜」
 だが、目の前の後輩がそれを邪魔する。
「まずは私の生い立ちから説明しますか!」
「ふざけるな。さっさと結論から話せ」
「ほんと、先輩って冷たいですね」
「熱いよりかはいいだろ」
「冷た過ぎて低温火傷しちゃいそうです」
「お前に温かさがあれば、低温火傷はしない」
「私の心は先輩くらい冷たいって言うんですか? いくら何でもそれは言い過ぎだと思います!」
「お前もな」
 いかんいかん。こいつのペースに呑まれるな。
「は〜。で、話すのか、話さないのか」
「話したいとは思ってます。でも、心の準備と言うか、理由付けがはっきりしていないんですよね」
 志村は少し気まずそうに言う。
「この気持ちを誰かと共有したいとは思っています。でも──それに何の意味があるのか、私にはわかりません。先輩が言うように、ただ楽になりたいだけなのか……」
 楽になる……、一体何から?
 俺はこいつをよく知らない──所属クラスも覚えていなかったくらいだ。そんな俺がかけてやれる言葉なんて、ほとんどないのだろう。
「楽になったからって、これまで通り俺はお前と馬鹿話を続けるさ。清水だって、今まで通りお前を可愛がる。お前が思ってるほど、案外周りは変わらないよ」
「え、やば。熱過ぎて火傷しそう」
 やっぱり、冷たいくらいが俺には丁度いい。
「私、この部活に入ってよかったと思います……」
 そして志村が語る──入学式からゴールデンウィーク前までの出来事を。
 俺はそれを黙って聞く。

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「入学式当日、風邪ひいちゃったんですよね……」
 そう話を切り出す。
「どうしても行きたかった……。でも親がダメだって。今思えば当然ですよね──他の子に移しちゃうかもしれない。でも、当時の私はそこまで頭が回らなかった」
 風邪で意識が朦朧としていたから頭が回らなかったのではないだろう。入学式に参加できない──それがどれほどのディスアドバンテージとなるか。
「早く治さなくちゃ、一日でも早く学校に行かなくちゃ。そんな思いとは裏腹に、風邪は一向に治ってはくれません」
 一日でも早く学校に行きたい。気持ちはわからんが、理由はわかる。一日二日出遅れたところで居場所がなくなるわけじゃない。でも、頭では理解できても気持ちの面で割り切れるかとどうかは別だ。既に友達同士仲良くやっているかもしれない。グループを形成しているかもしれない──不安が挟まった頭で正常な判断はできない。
「風邪が治って学校に行けたのは、土日を挟んでの月曜日からでした。その日はほんと憂鬱で、クラスに入るだけで緊張した──何度も何度もクラスプレートを確認して、今立っている扉の先が確実に自分のクラスなのに、本当にここであっているかと不安になります」
 志村が初めて文芸部を訪れた時を思いだす──今にも泣きだしそうな顔を。
「私の中の勇気をすくい集め、何とか一歩踏み出しました。中に入ると、クラスメイトの視線が矢のように私の急所を貫きました。心臓をわしづかみにされるって、こんな感じなのかと思うくらいに、胸が苦しかったのを今でも覚えています。痛い思いから解放されたくて、私は自分の席に着こうとしましたが、またも問題発生──自分の席がわからなかった」
 入学式当時なら、クラスに座席表が貼ってあっただろう。だが、次の週まで貼っておくわけはない。志村がクラスに入る最後の生徒だったなら、空いている席が自分の席だとわかるが、話を聞く限りそうではなかったようだ。
「私は頭が真っ白になり、目の前が真っ暗になりそうでした。いっそこのまま倒れてしまった方がいいのでは? そうすれば、体調不良を理由に早退できる。何て、馬鹿な考えが浮かびました。ええ、わかってますよ。そんなことしても、今日の出来事を明日また繰り返すだけだって。だから、寸でのところで思い留まりました。というよりは、寸でのところで私を支えてくれた人がいたんです。私がドアの前で困り果てていたら、亜美ちゃんが声をかけてくれました。桜川亜美──先輩に告白した子です」
 これが志村と桜川の出会いか。
「亜美ちゃんは、高校で一番初めにできた友達です──入学してまだ間もないのに、もうクラスの中心に立っていた亜美ちゃんから声をかけてもらい、グループにも入れてもらえた私は幸運でした」
 俺のイメージしていた桜川とは随分性格が違う。クラスに馴染めない子にも声をかけてあげる優しい人──志村の話から、桜川はそういう奴ってことになる。
「亜美ちゃん達から私が欠席していた間のことを聞きました──担任の先生は優しいけどちょっと抜ける人とか、選択科目はこんなのがあるとか、校長先生の話は高校になっても長かったなど、いろいろ教えてくれました。その中でも皆口を揃えて噂し合っていたことがあったんです。そう──滝野先輩の話です」
 ん? 俺の話だって? 黙って聞いているつもりだが、さすがに口を挟みたくなる。
 だが、志村はすぐに理由を教えてくれた。
「文芸部に変わった人がいる。何やら部活説明会で唯一部活に関係ない話をした人がいる、などなど、皆滝野先輩の生態に興味津々って感じで。そんな話を聞かされたら、私だって興味が沸きます。だから、一目見ようと、私は文芸部の部室に足を運んだ」
 志村にとって俺は、観察対象であったわけか。
 清水は俺の部活紹介に文句たれたれだったが、少なくとも一人は、あの説明のおかげで入部してくれた。いや、あんな説明だったから、一人しか入部してくれなかったのかな。
「縁あって文芸部に仮入部して、そのことを亜美ちゃんに話しました。そしたら──滝野先輩を紹介してほしいと言ってきたんです。はは、先輩、今すごい顔になってますよ。もしかしたら、当時の私も先輩と同じ表情をしていたかもしれません。だってそうでしょ、仮入部とは言え、一応文芸部の仲間入りを果たしはしたものの、私は滝野先輩の人となりを全くと言っていいほどに何も知りません。そんな状態じゃ、亜美ちゃんに上手く紹介できません」
 上手く説明できるかどうかより、まずは俺に迷惑かどうかを考えてもらいたかったな。
 まぁでも、志村にとってそこは問題じゃなかったんだろう。いない奴の事をいちいち考慮に入れていたら、一向に話が進まない。
「その旨を亜美ちゃんに話しました──申し訳ないけど、紹介できるだけの材料がまだ私にはない、と。そしたら亜美ちゃんが『友達だったらそれくらいしてくれてもいいんじゃない』と言ったんです。……折角できた友達を、ここで失いたくないと思ってしまった」
 誰も、志村を責めることはできない──誰だって、仲間外れにはされたくない。小学生も、中学生も、もちろん高校生だって。もしかしたら大学生も、社会人だってそう思うかもしれない。輪に居続けられるかは、輪を統制している奴の胸三寸だ。
「意志薄弱な私は、誰かに相談することにしました。紹介するかどうかの相談ではなく、どう紹介するのが一番効果的かの相談です。グループの子達は……、まぁ、いち早く除外しました。親にも相談できません──あまり心配をかけたくなくて。では、他の候補は? 私が思いついたのは、先輩に相談することでした。先輩は先輩でも滝野先輩ではありません──清水先輩です」
 は⁉ 清水だって⁉ 俺は何も聞いていないぞ。どうやらあいつも、あの一件に一枚嚙んでいたんだな。
 ……本当に一枚だけか?
「怖い顔になってますよ、先輩。清水先輩が悪いんじゃありません──私が悪いんです。清水先輩を巻き込んでしまったのは私なんですから。だから、その怒りを清水先輩にぶつけないで下さい──もちろん、私にも……。先輩の中で上手に飼いならしていただければと思います」
 丹精込めて育てよう。良い餌を与え、良い教育を受けさせ、何不自由なく育て上げる。親の野望を子に達成させるのも、何ともドラマチックじゃないか。まぁ、丹精込めて育てた子に殺されるのが、最終的なオチだろうが。
「清水先輩が言ってました『滝野さんに普通のやり方は通用しません。友達を紹介したいから会ってくれませんか? 何て言っても、嫌な顔をされるのが目に見えています』と。そのままの内容を亜美ちゃんに話しました。これが良くなかった……」
 清水の言っていることは当たっている。よく知らない後輩から知らない後輩を紹介したいと言われても、困るだけで絶対会ったりしない。
「亜美ちゃんは『じゃあ、普通じゃないやり方だったら、会ってくれるってことだね』と。まぁ、そういう事にはなりますが、普通じゃないやり方とは一体何なのか、私はわかりません。理解の遅い私なんかを亜美ちゃんが待ってくれるわけもなく、一度先輩のクラスに案内してほしいと言ってきました。それくらいならと思い、亜美ちゃん達と一緒に、先輩のクラスに行きました」
 俺のクラスは清水と同じだ──清水のクラスを把握していればそれでいい。
「今ならどうして亜美ちゃんがここまで先輩に執着していたかがわかります──クラスの皆が先輩に興味津々だったから。もっと言えば、興味の対象だった先輩と付き合うことができれば、自分も興味の対象になれると考えたんだと思います」
 自分の価値を高めるためのアイテムとして、俺は見られていた。清水、泉、坂下と話して出た結論そのままだ。
「そして、先輩を一目見た後、亜美ちゃんが提案した普通じゃないやり方とは、先輩もご存知の通り──いきなり告白する事でした。下駄箱に手紙と、今風ではない方法で。……、言いたいことはわかります。普通じゃないやり方のベクトルが少々違うのでは、と。ツッコミべきかどうか迷いましたが、亜美ちゃんの目が真剣そのものだったので」
 俺にも無理だな……。
「場所、決行日と、計画も順調に組み上がりましたが、ここで一つ問題が──先輩を呼び出すだけの手紙を亜美ちゃんは書けなかった。初めから書く気なんてなかったのかもしれませんが……。そこで、先輩の後輩である私に、手紙の執筆をお願いしてきました」
 残っていた疑問がここで解決した──手紙の執筆者だ。桜川本人によるものではないことはわかっていたが、まさか志村が書いていたとは。
 ……ふーん。
「困りました。だって、私に書けるわけない。何考えているかわからない人に、筆の力だけで好意を伝えることができますか? できませんよ、普通。……あ、いや、先輩をそんな風に見ていたんじゃなくて。ははは……。おっと、先輩はコンパクトを所望してましたよね。では早速続き続きっと。書けない手紙を書く方法。びょうぶからトラを出すような無理難題に直面した私は、またも頼ってしました──清水先輩に」
 はい二枚目。
 あいつは知ってたんだ、俺が望まない告白を受けることを。
「清水先輩のアドバイスは何とも普通? でした。そのままの気持ちを書けばいい、ただそれだけを伝えてくれた。清水先輩の言葉に少し懐疑的ではありましたが、相談している手前、否定もできません。なので、言われた通り、私の書きたいことを書いたんです」
 清水にしては的外れな回答だ。
 でも実際、俺は手紙を読んで、そして興味を惹かれた──清水のアドバイスは的を外したように見えて、ちゃんと中心を射ていた。
 志村の文才を見抜いての発言だったのか、それとも……。
「決行日当日、私は先輩の下駄箱に手紙を入れました。正直先輩は来てくれないと思ってました。いや、むしろ来ないでほしいと思ってました。酷いですよね、私って」
 まぁ不本意とはいえ、人ひとり嵌めようとしている奴の片棒を担がされているわけだ──未遂に終わってほしいと思うのも無理ない。
「みんな、亜美ちゃんが振られるわけがないと思っていました。もちろん私も。学校中の男子から人気がある亜美ちゃんです。いくら普通じゃない先輩でも、そんな亜美ちゃんに告白をされれば、普通オッケーしますよね」
 ね、と言われましても。
「それなのに、先輩は見事に亜美ちゃんを振った。あんな顔する亜美ちゃんは見たくなかったな……。でも、結果はどうであれ、これでおしまい。これでもう先輩に執着することはないはず。はは、私はどこまでも楽観的ですよね」
 フォローするなら、誰にも、志村にも、他の友人にも、桜川にだって、先が見えていなかったんだろう。
 誰にも予想はできない──あいつにだって、こればっかりは予想外のイレギュラーだ。
「ここから先は、もう話さなくていいですよね。あまり気持ちいい内容じゃありませんし。先輩方には迷惑をかけました。でも、一つ言い訳をさせて下さい──当時の私は、先輩方との関係よりも、亜美ちゃんたちのグループの方が大事だった」
 俺も清水も、それに関して文句は言わない。先輩よりも同級生を優先させるなんて普通だ。普通じゃない俺が普通だと言えるくらいに普通だ。
「でも、最近よく考えるんです──このままでいいのか、このままあのグループに居続けていいのか。同じことが起きた時、また同じ過ちを繰り返すんじゃないのかって。駄目だとわかっていても、結局は自分の保身を第一に、他者を傷つけてしまうんじゃないかって……。はぁ~。いつになれば、答えが出るんだろう……」
「出ないぞ──答えは」
 最後の最後で言葉を挟んでしまった。
「周りに流されているお前には、一生かかっても答えは出ない──俺が保証してやる。お前が思っているほど、周りは案外変わらない──お前が足踏みしている内は、変わらない、変わってくれない。他者に期待して痛い目を見たのなら、もう期待するな。勝手に期待して勝手に失望する奴が、俺は一番嫌いだ」
「……冷たいですね。温かさを感じない言葉だからこそ、先輩の言っていることが正しいんだってわかります」
「……でも、自分になら、期待してもいいんじゃないか」
「え?」
 俺は冷たい人間だ、それは否定しない。でもまだ、完全に冷え切っているわけでもない。
「今のグループに愛着があるんだったら、お前が先導者になればいい──周りを変えるだけの人間になればいい。俺から言わせれば志村、お前が桜川より劣っているなんて思わない。前にこんなことを言われた──お前は報われるだけの努力をしたことがあるのか? ってな。自分に期待して自分に失望する奴だったら──俺は好きになれる」
 坂下が前に話していた──後輩に対し、先輩として言ってやらなくちゃいけない時があると。確かに言ってみて思った──これはきつい。棚上げもいいところだ、まったく。
「清水先輩の言ってたことがわかりました──そのままの気持ちをぶつければ、先輩はきちんと答えてくれる人だって。ありがとうございます」
「自分で言っておいてなんだが……、無理に頑張る必要はない。それでも頑張るなら、俺は相談に乗ることしかできないが、清水だったらきっと、的確なアドバイスをくれることだろうよ」
「そうですね、そうさせてもらいます。でもまずは、自分一人で考えてみようと思います──自分なりの答えを出してみようと思います。もし答えが出たら、その時はまた……話を聞いて下さいね!」
「ああ、わかった」
 そこそこいい時間になっていた。執筆の方は、家でやるとするか。志村も帰り支度を始めている。
 志村の話を聞いたからって、志村の印象は変わらない。
 だって、俺にとって志村は、
 ──可愛らしくなく
 ──愛らしくなく
 ──尊くない奴だが
 それでも大事な後輩である。

3/3に続く……

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