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いかりを上げて

 友人から送られてくる詩のなかに、「通俗的な社会で我慢して擬態しているけれど(けれど本当は)」みたいな単語がよく出てきて、凡庸な自分に耐えら得ない凡庸さ(に耐えられない凡庸な自分に耐えら得ない凡庸さ(に耐えられない凡庸な自分に耐えら得ない凡庸さに耐えられない凡庸な………)))))))))

 その友人に「宇宙にいるようなひと」と云われるのは、何か裏があるのか無いのか信じて良いのか私は分からず、彼女が好きなので困惑しています。ともあれ、好きな友人なので大事なんですけれど。

 みんな普通だろうよ、と思うけれど、たまに「え、そんな盆栽(誤字)なことするの?」みたいな現象を見たりもするので、難しいですね。

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 小学生のとき、運動会の入場行進でみんなで演奏する曲が「錨を上げて」でした。怒りも錨も必要だし、闘争心と逃走心が交流回路のようにくるくる回って心はしんどいです。

 1月5日に近所のスーパーマーケットが開くよ。
 日曜は休業している、スーパーなスーパーマーケットです。


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