あれから30年
ラッツェンバーガー・アイルトン・セナ…………
あの事故から、もう30年‼️
1994年4月30日 イモラサーキットで開催された
サンマリノGP予選2日目
元F1ドライバーのローランド・ラッツェンバーガーが、33歳という若さで帰らぬ人に。
その事故を見て、かなりのショックを受けた
アイルトン・セナは、本心は『レースに出たくない❗️』と思っていた
しかし、仕事なので仕方ながない❗️と決勝レースへ
そして…………
ローランド・ラッツェンバーガーが、
帰らぬ人になった次の日
(※ネットからお借りしました🙇♀️)
1994年5月1日 イモラGP 決勝レースで、34歳という若さで、アイルトン・セナも帰らぬ人に😭
(※ ネットよりお借りしました🙇♀️)
ローランド・ラッツェンバーガーの、衝撃的な事故が起きた時点で、レースを中止にしていれば………
アイルトン・セナの事故は起きなかった。
まさか、ローランド・ラッツェンバーガーのすぐ後に、まさか、アイルトン・セナまでが、若くして、この世を離れる事を、誰が想像出来ただろうか⁉︎
一瞬にして、世界中が、悲しみに包まれた。
私を含め、あの日以来、F1を観なくなった、観れなくなった人がたくさんいる。
今、もし、アイルトン・セナが存命なら、64歳。
存命なら、モータースポーツ界は、どんな世界になっていたのだろうか!?
逆に、ラッツェン・バーガー、アイルトン・セナの事故があったからこそ、2人の事故死を契機に、モータースポーツ界では、マシンやサーキットの安全対策が徹底されるようになった❗️
マシンも含め、コースの安全基準も年々厳しくなり
2度と悲劇を繰り返さないように、F 1関係者が一丸となって、レース運営に取り組んだ。
アイルトン・セナと個人的にも親しかった
ワトキンスドクターの、多大なる尽力により、F1サーキットでの医療体制は大幅に向上。メディカルチームが乗ったメディカルカーや、緊急搬送用のヘリコプターも導入され、劇的に進歩した。
年々、軽量化され、進化し続けるモンスターマシンの性能も高まる中、それに対応する為に、ドライバー自身の身を守る為のヘルメットや、首を守るハンズ(頭部前傾抑制装置)等も、進化し続けている❗️
アイルトン・セナの『死』が、その後の、ワトキンスドクターの心を大きく動かし、F1で、これ以上悲しい事を起こさない為・無駄にしない為にも、かなり尽力された事が、今に繋がり
あの事故以来、2015年 鈴鹿サーキットで開催された、F1日本グランプリで、クラッシュしたジュール
・ビアンキ選手が亡くなるまでの21年間、F1ドライバーの死亡事故は起きなかった。
『人は、2度死ぬ。
1度目は、肉体を離れた時
2度目は、人の記憶から忘れられた時』
という言葉がある‼️
アイルトン・セナは、今も、多くの人の心の中で
生き続け、モータースポーツ界にも存在している‼️
日本でも活躍された、2人のご冥福を、心よりお祈り致します🙏
これ、観なくては😊