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暴力はダメで侮辱は許される法的理由

ウィル・スミスのアカデミー賞での一幕が投げかけた、言葉の暴力は許され一発のビンタは許されない問題。多くの日本人は、アメリカと日本の温度差にも驚いている人も多い印象です。なぜ、これほどまでにアメリカは暴力を嫌い、言葉による応酬を望むのか、普段のアメリカは逆じゃない……?

本記事は、問題の根っこに物事の解決に向かう姿勢の問題、思考の問題があるのではないか、という視点からの意見です。加えて、アメリカ司法の表現や発言に対する名誉毀損の立件の難しさ、その理由も述べようと思います。

本稿では、他者に対する攻撃を

・物理攻撃

・知的攻撃(経済競争、司法闘争、メディア攻撃、誹謗中傷や罵倒、嘘、戦略による罠)

の二つに分けています。

先に結論

  • アメリカは州ごとに州法に分かれているため地域限定の変な法律が多い

  • アメリカは(ほとんど)判例法で一度変な判決が出るとそれが後を引く

  • [仮説]判例法で前後関係を無視した法理解に慣れた一般人は、人の生い立ちや事情を無視しがちになるのでは?

  • アメリカ司法では法の正義というより弁護士の能力が正義

  • 名誉毀損は表現の自由とぶつかり合ってほとんど成立しない

  • アメリカでは知的攻撃、特に悪口など罵倒に関しては報復が不可能なことが多い

  • 知的攻撃は富裕層や権力層やマスメディア層やエリート層にのみ許される権益になりつつある

です。

アメリカの裁判は判例法で州ごとに州法で裁判

よく考えると、アメリカの司法って色々問題があるんですよね。例えば、州法といって州ごとに法が異なり、中には極めて異常な法が制定されていたりします。アメリカは基本的に「判例法(コモン・ロー、不文法)」といって過去の裁判例を基準に裁判を行います(ルイジアナ州のみ成文法でその意味では日本と似ている、ただし人種差別などは激しく治安も悪く汚職や既得権益も根強く成文法の悪い面が出ている州、進化論と聖書を同時に教えないといけない2州のうちのひとつでもある)。勿論、それ以外にも制定法やエクイティ(衡平法)も運用されますし、時代の正義に反するような判例は破棄され、あらたに制定法が設けられる場合もありますが、どうにも数が膨大であり現在も議論となっています。

異常な裁判・法律例

ここで、実際に起こったあまりにも理不尽な裁判や実際にできた法律をご紹介します。中には成立経緯が不明確な法律もありますが、判例になっているということは同事案があったと考えられます。そして、判例法では、今後も同様の事件では同様の判決が下る可能性が高いのです。


スパイウェアでアダルトサイトが授業中に開き、懲役四十年を求刑されて結局罰金と教員免許取り消し事件
 アメリカのコネチカット州で女性代用教員ジュリー・アメロ氏が中学校の授業中に、教室内に設置されたパソコンにアダルトサイトがポップアップ表示され、生徒が見てしまったことで裁判に発展。授業中に彼女はPCに触っておらず、状況からいって彼女が過去にアダルトサイトにアクセスしたかどうかすら怪しいにもかかわらず裁判は長期化、なんと2004年~2008年までかかった。裁判中にNewDotNetというスパイウェアプログラムがPCから発見され、原因は明らかであったにもかかわらず、長期の裁判に耐え切れなかった彼女は司法取引で治安紊乱行為についてのみ、100USドルの罰金と教員免許の没収となった。なお、当初は懲役40年を求刑されていた。

不自然な性交の禁止(ミシシッピ州法)
 人や獣の自然に反するひどくいまわしい性交の罪(同州の状況的には、主に同性愛をターゲットとしている模様)に問われた人は、10年以下の監獄の刑に処せられる。同州では、2004年に州民の投票で、同性結婚禁止・他州で行われた同性結婚をミシシッピ州が認知することを禁止する州憲法修正を承認している。ミシシッピ州はこういう悪い意味での保守的な部分が目立つ州でもある。なお、これはアメリカ全体の総意というわけではなく、既に2015年に合衆国最高裁判所でオーバーグフェル対ホッジス裁判によって同性婚を認める判例が作られている。以降はミシシッピ州の州法が合衆国最高裁判例に反抗する形となっている。

この他、文献未確認ですが

アメリカは変な法律の宝庫だね

のような法律の数々が未だに現存しています。

[仮説]判例法に慣れてしまうと前後関係を無視しがちにならないか

これは僕の個人的な仮説です。判例法を見ると、基本的に「事案」と「判決」が記載されています。もちろん、判例集の原文には経緯や判決の根拠も書かれているのですが、一般人が触れることはあまりないでしょう。となると、一般人の視点では「○○をしたから△△」という具体例だけ見て、前後関係を無視して特定の事件に当てはめることになります。判例法でもやむを得ない事情を考慮するような細かい救済があるのですが、これはエクイティなどの別枠の法体系を使用するため、一般人が知ることはこれまた殆どありません。

ここから推測できるのは、「アメリカ一般市民にとっては、特定行為には特定の罰」という単純な認識が浸透してはいないか、という点です。判例法(不文法)の反対は一般的には「制定法(成文法)」です。制定法では、判例法ほど詳しく犯罪成立要件を記載しないため、裁判になった事件の前後関係も含めて詳しく審理し、常に裁判官が判決文を書きます。実は「日本の裁判は遅い」とマスコミが騒ぎますが、これは嘘です。日本の司法のほうが一般的に早く審理が終わります。

アメリカは民事訴訟では(金銭による賠償請求案件はとくに)陪審制が多く、民間人による陪審になります。こちらは事前準備に時間がかかるので平均すると日本より多くの時間がかかると見られています。そしてご存知の通り、陪審制はしばしばびっくりするような奇妙な判決を下します。

タバコ訴訟で236億ドル(2兆3600億円)

マクドナルド・コーヒー事件(自分でコーヒーをこぼして)270万ドル(約3億円)

これらは「懲罰的損害賠償」とされるものを含んでいるのですが、それにしても非常識といわざるを得ない内容です。しかし、訴えてワンチャン狙えるのがアメリカ司法の奇妙なところといえます。

アメリカ司法は弁護士が強い

アメリカの司法というのは複雑で、「有能な弁護士」を雇ったもの勝ちという側面があります。逆に言えば、まともな弁護士を用意できずに法廷に引きずり出されると負け確です。この点は、アメリカにおいて司法を使った応酬がごく一部の人たちにしか使えない根本的な不平等を生み出しています。では、実際にウィルのように口撃された場合、いかなる手段が取れたのか検討してみましょう。

ちなみに、有名な俳優であるウィルスミスは以下の手段は(大変さは別として)可能です。だから批判されるわけですが、僕が言いたいのは「アメリカでは言ったもん勝ちが多すぎるのではないか」という視点です。つまり、同様の状態に陥ったときにその場での物理攻撃以外の手段が整備されていないのではないかという視点。

知的攻撃に関しては報復が不可能なことが多い

さて、知的攻撃に関して「やり返せばよい」といいますが、実は知的攻撃を知的攻撃で返すのはしばしば困難、不可能なことも多いのです。例を二つ挙げましょう。二つ目は、まあ現実的ではない話ですが、でももうこれくらいしかないわけです。特にアメリカはメディアが強く、一般人の言論はしばしばほとんど無力です。

知的攻撃として言い返す、または司法を使う

悪口、暴言、誹謗中傷は、一般に マスメディア > 富裕層 > 貧困層 の順に威力が落ちます。一言で言えば、貧困層が悪口や暴言や誹謗中傷を受けても、同様の手段での対抗措置はありません。

悪口は相手の負い目、持っていないもの、コンプレックスを指摘することで強烈に効きます。仮に貧困層がどんな悪口を言い返そうが、衣食住が足りていれば一般的に腹も立たず、相手にグサリと刺さるのはお金だけでは手に入りにくい「愛・健康・人間関係・道徳性」の不足や不備の指摘くらいです。富裕層のなかでもトランプくらいの性格破綻者ならば、貧困層などハエ程度に思ってていてもおかしくなく、何を言われようが道徳性を否定されてすら良心が痛むこともなさそうです。仮にトランプに侮辱を受けたとして、何か報復できるでしょうか? 2016年のアメリカ大統領選が罵倒合戦で嘘つき合戦だったことを見ると、アメリカでは罵倒しても嘘をついても対して処罰されないことが見て取れます。これらに対して唯一の対抗手段となりうるのはマスメディアですが、マスメディアが貧困層だけでなく弱者救済に「一丸となって」取り組むのでなければ、対抗手段にはなりえません(アメリカはテレビ局数も多く、一部が真面目に報道しても過激さを狙う他局が足を引っ張る可能性が高い)。

では、悪口、暴言、誹謗中傷に法的に対処することはできるでしょうか? 残念ながらアメリカはそもそも司法が大変複雑です。アメリカは判例法を主とし、各州ごとに法運用が異なります。よって弁護士を雇わなければそもそも裁判を起こすことも難しく、また弁護士の腕が大変重要なのでお金がなければまず「勝てる弁護士」を雇えません。さらに、アメリカは嘘つきに有利なお国柄です。

名誉毀損は実質的に公人の場合にのみ適用でき、成立要件が厳しいものです。裁判を起こすには、名誉毀損による損害を金銭に換算する必要があるのです。基本的に言われたもの負け。

さらに公人の名誉毀損の成立要件に関して「現実的悪意」

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8F%BE%E5%AE%9F%E7%9A%84%E6%82%AA%E6%84%8F

という概念があり、一般的に(表現者が)虚偽の報道や表現で損害を与えたとしても、「嘘であるとわかって悪意を持って名誉毀損をした」ことを、名誉を毀損された側がきちんと証明しなければなりません。これは日本とは逆です。日本では名誉毀損をしたと訴えられた側が、「私が主張した内容は事実です、証拠はコレ」と提示する義務があります。わかりやすくいえば、特定の週刊誌でタレントの不倫報道をして名誉毀損で訴えられた場合、週刊誌側が不倫の証拠を提示する必要があるのです。当然ですね、言った側なんですから。

この現実的悪意とは本来は「権力者に対して民衆がうっかり名誉毀損してしまう」ことを防ぐ、つまりは表現の自由を守るために用意されたものです。ところがアメリカ司法の複雑さ、さらにはマスメディアが権力や影響力を持ちすぎてしまったことにより民衆を守るどころか好き勝手な報道を助長する事態となっています。

アメリカの「表現の自由」には「うっかり間違うことの自由」を含めていますが、これは嘘との鑑別が難しく、SNSなどでの嘘の拡散とは相性が悪いものになっています。加えて州法の違いにより、SNSでの問題がアメリカ国内ですら該当する法律が異なり、さらには英語をネイティブとする諸外国ともトラブルになるので実質的な無法地帯といえるのではないでしょうか。

知的攻撃として経済的報復をする

では気に入らないあいつに経済的報復はできるでしょうか? 例えば自分を罵倒してきた相手のもっている不動産価値を下げるために、周囲の不動産を買い取って貸し店舗を追い出してやるとか、相手の持っている株の価値を下げるために同社の株を大量に操作してやるとか。

あるいはもっと健全に、自分がお金持ちになって相手を見下してやるとか?

これこそ無理な話で、資本金を持たなければ経済における挑戦もできないのが現代のアメリカ社会ではないでしょうか? 例えば利率が平均1%~-1%でたまに-100%になる投資を考えてみましょう。FXでレバレッジかければ桁数としてはこんな感じじゃないですかね? その場合、取引をうまくやったとして月30万円の儲けを出すためには(手数料抜きに)3000万円をうまく動かす必要があります。レバレッジ2倍としても証拠金は1500万円必要ですし、たまの大暴落を視野に入れるなら15億円を証拠金として入れておかないといけない計算です。このとき、15億円以上をもっている人にとっては大暴落でも戻るのを待てますが、そんなにもっていない人は即死です。

いわゆる、「投資は余剰金でやれ」という奴です。現実的には投資によるアメリカンドリームは既にお金を大量に持っている人のみ見続けることができる夢なのです。

知的攻撃は富裕層や権力層やマスメディア層やエリート層にのみ許される

つまり知的攻撃をするためには予め「経済力」「拡散力などのメディア力」「社会的地位」「法知識や戦略知識」のいずれかは絶対に必要です。知的攻撃はそれこそアメリカ社会での富裕層、権力層にのみ許された、法で保障された合法的な攻撃であり、そういう意味で「物理攻撃」とは対極的な性質を持っています。

僕はこの構造は歪んでいると思います。少なくとも、報復としての物理攻撃を許さないのであれば、代替する報復、あるいは抑止力が必要なのではないでしょうか。


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