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夢の話をしよう

思い描く夢ではなく、眠ってみる方の夢だ。
他人の夢の話を聞かされることほど苦痛なことはないと重々承知の上で、だ。
私は夢の中で思いもよらないダジャレ?に遭遇した。

状況:

私は子育てカウンセラーで、ある若い母親の相談に乗っていて、問診票のようなものに記入してもらっているのを見ている。友達の子にプラレールを盗まれて困っているという母親の書いた文字。
「すられーる」

面白い、面白くないはこの際目をつぶっていただきたい。
夢をみるのは、その日の出来事を整理するためだという話を聞いたことがあるが、私自身、意識があるときにこんなダジャレ?を考えたり聞いたり見たりしたことは一度もない。

「すられーる」の文字を夢で見た直後、初めて遭遇したダジャレに「誰がうまいこと言えと」的なことを夢の中の私が頭の中でツッコミを入れていて、現実と夢とが混乱したのか、夜中に目が覚めた。
自分の頭の中どうなってるんだ?と完全に覚醒し、前日に起こったことが関係していたのかと記憶をたどるも該当なし。
これは本当に謎だ。
見覚えも聞き覚えもないのに、ちゃんとダジャレ(プラレール盗まれる=プラレールすられる=すられーる)として夢の中で成立していて、それを夢の中の私も「うまいこと」と捉えている。

その夢では、「私」は主観ではなく、その光景を客観的に見ている「私」がこちら側にいた。
つまり、「私(夢)」が主人公の映画をスクリーン越しに観ている「私(現実)」も存在する。二重に思考があることになる。
ちなみに場面が切り替わったり、文字がアップになったりとカメラワークも存在する。
そんな複雑なことをしているから夜中に覚醒もするのだ。

ふと、昔兄弟から勧められたゲームで「EVER17」というSF恋愛アドベンチャーゲームのことを思い出した。
海底アミューズメントパークに閉じ込められた登場人物たちが脱出を試みる。(コナンにあらず)
並行世界?のようなストーリーが2本同時に進んでいき、最終的には一つに繋がっていくのだが、初回プレイ時は、それはまぁ驚いたと同時に感心した。
ゲームという概念が覆されたというか、なんというか。(いや、このトリックはゲームだからこそ可能なのだが。)
小説の叙述トリックに近いだろうか。
基本は選択肢ありのサウンドノベル形式。
前半若干間延びするが、後半にかけてどんどん盛り上がるので、興味のある方はぜひプレイしてもらいたい。

なぜ夢の話の途中にこのゲームの話題を持ってきたのか、理解してもらえることだろう。


今回の教訓
・人の無意識は奥が深すぎる。

(2020年3月5日公開)

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