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「不労所得」 谷田貝和男

 金が欲しい。
 切実にそう思った。
 しかし、働くのは御免だった。矛盾しているが、おれはそういう人間なのだ。
 半年前に仕事は辞めた。それから失業保険をもらっていたが、3ヶ月前に切れてしまった。あとは貯金を食い潰すだけの生活。
 金は欲しい。しかし、働きたくない。家でゴロゴロしているだけで、お金が入ってくるような仕組みはないものか。
 いっときは投資で食おうと思った。で、株を買ってみたが、この前の暴落でぜんぶダメになってしまった。
 どうもおれには、こちらの才能はないようだ。
 ますます貯金は減ってしまった。
 どうしたものか……。

 そんなことを考えていると、
 とんとん。
 誰かがドアをノックした。
「どなたですか」
「こんにちは」
「!」
 ドアを開けてみると、そこには、黒ずくめの中年男が立っていた。
「お金儲けに興味はありませんか?」
 男は出し抜けに、そう言うのだ。
「あんた、誰だよ」
「名乗るほどの者じゃありません」
 あやしい。あやしすぎる。
 まあいい。
 話を聞こうじゃないか
「具体的には、なにをするんだ。ヤバいものだったらゴメンだよ」
「なに、あなたはなにもしなくていい。スマホにこのマイニングアプリを入れるんです」
「マイニングって、仮想通貨の?」
 男はうなずいた。
 仮想通貨のマイニングとは、こういうことだと理解している――仮想通貨は、それを管理する中央銀行を持たない代わりに、「取引記録」を仮想的な「台帳」に記載することによって価値を維持している。その「記載」を行う報酬として、仮想通貨を得る仕組みだ。
「どういう仕組みなんですか」
 ニヤリと笑って、男は説明を始める。
「このアプリは、周囲のコンピュータにプログラムを走らせてマイニングをさせるんです。コンピュータはその性能をいつもフルに使っているわけではありません。その余った能力、『隙間』の時間をほんのわずか拝借する。
 ネットで繋がれたコンピュータ――パソコンだけではなく、スマートフォンや様々な機会に組み込まれたチップ、それらに少しずつ計算を手伝ってもらうのです
 ひとつひとつの計算量は微々たるものですから、コンピュータの動作に支障は全く生じません。しかし、塵も積もれば山となる。微々たる計算結果も膨大にかき集められれば、馬鹿にならない金額になるのです。そうやってマイニングした仮想通貨から、わたしはその1割をいただきます。残りはあなたのものです。いかがですか?」 
「いいんですか」
「あなたしだいです」
 ちょっと考えて、頷いた
「どうやるんだ」
「具体的には、このアプリをスマホにインストールします」
 そういって、二次元バーコードを見せた。読み込むと、アプリがインストールされる。
「使い方を説明しますね。この部分にマイニングした仮想通貨の金額が表示されます」
 画面上部を指さした。
「それと、時間あたりのマイニング量は、ここで調整できます」
 続いて、表示下部のスライドを指さした。
「ただし、くれぐれも、くれぐれも欲張ってはいけません。これはお約束できますね」
「わかったよ」
「では、楽しみにしています」
 男が去ったあと、アプリを開いて、画面をまじまじと見た。
 見ているうちにディスプレイの「0」が「1」になり、どんどん増え続けた。
 マイニングされているのか。正直な話、信じられなかった。そんなうまい話が世の中に転がってるはず、ないじゃないか……。

(次の日)
 驚いた。
 ほんとに仮想通貨が振り込まれている。じっさいに数字を見ると驚く。日本円に換算したらほんの小遣い程度だったが、たしかにそれはお金なのだ。
 もう少し欲張ってみよう。

(次の日)
 まじか。ATMで引き出すと、ほんとに日本円になった。引き出してみると、ちゃんとお札なのだ。この日はちょっといいものを外で食べた。
 もっと欲しいな。

(1週間後)
 すごい。
 あれからずっとマイニングは続いている。
 額面にすれば学生時代のアルバイトくらいの金が、毎日入ってくるのだ。
 しかし、まだ働いていた頃の月収には及ばない。
 もっともっと欲しい。
 このスライドを右にずらせばいいのだという。しかし……男から言われたことを思い出した。あまり欲張ると、周囲のコンピュータの動作に支障を来す恐れがあるというのか。
 知ったことか。

(10日後)
 スライドをすこしずらしてみた。マイニングの量は増えているが、とくに問題はなさそうだ。
 もうすこしずらしてみるか。
 そういや、最近物忘れが激しくなったような気がする。年のせいか。

(2週間後)
 スライドをめいっぱい右にやってから2しゅうかん。毎日お金がどんどん入ってくる。
 もうはたらかなくてもいいんだ。
 でも、なんだっけ……なんかだいじなことがあったような……。

(1ヶ月後)
 すまほのみるところにおかねがおかねがいっぱいはいってるけど、3のつぎは5だっけ、6だっけ。かぞえられない。
 あたまがぼんやりして、なんかもうなんかもういちにちじゅうねてる。
 おかねってたべられないけどなんのやくにたつんだっけ。
 まあいい、おさけをのもう。あれ、おさけって、なんだっけ……。

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 とんとん。
 ドアがノックされる。
「いらっしゃいますか?」
 どんどん!
 もっと強くノックされる。
「いないんですか!?」
 ばたん、と音がして、玄関のドアが開く。件の黒い服の男がドアの向こうにいた。
「おやおや……ウォレットにずいぶんとお金が入っていたので、心配してきてみたら、やっぱり、こんなことに。このマイニングアプリは、いちばん身近なコンピュータから順番に計算リソースを使っていくようになっているんです。
 つまり、いちばん身近なコンピュータ――自分の脳の計算リソースが重点的に消費されていくんです。すこしくらいなら問題はなかったですが、あなたは欲張った挙げ句の果てに、どんどん脳のリソースをマイニングで割り振ってしまい、知能や記憶にまで、影響をきたすようになってしまったようですね。ここまで来たら、もうもとには戻れませんね……」

 黒い服を着た男は、見下ろした。そこには、涎を垂らして、うわごとをつぶやきながら転がり回っている男がいる。その瞳はもはや、輝きは失せていた。
「おかね……おかね……」(了)


『不労所得』谷田貝和男(2611文字)


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