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「四畳半マンション」 猫目青

 2035年。
 人類は完全なる全自動化生活の時代を手に入れた。
 かの有名なソニックブゥーム社が全自動ですべてをまかなえる四畳半の高級マンションを開発したのだ。
 数百万の貯金があれば、それらはすべて投資IAにより日々の生活を賄う金として、投資・運用される。
 中には億の富をこのマンションに入居してから手にした者もいた。
 そしてなにより、マンションから一歩も出ずにヒキコモリ生活ができるという夢のようなライフスタイルに皆が熱狂したのだ。
 富裕層を中心に四畳半全自動マンションは人気となり、それにともなってマンションの価格も高騰。中には投機目的でこのマンションを手に入れる者もいたぐらいだ。
 人々は四畳半のマンションにこもり、自動料理気が作ってくれる3つ星シェフも驚きの美味な食事を日々楽しんだ。
 投機AIが生活費を稼いでくれるので仕事に行く必要なないし、買い物もすべて通販で賄える
 2019年末から散発的に人々を困らせている流行ウイルスの感染リスクをぐっと減らせることは、人々にとってなによりのメリットとなった。
 そして、現在。
 2045年において、この四畳半マンションは人々に災いをもたらしていた。

 がんと大きな音が響いて、テルヤは高層マンションを見上げる。
 10年前に建てられた全自動4畳半マンションは炎に包まれ、火の塔と化していた。そんな燃えたマンションを囲み、ボロボロの服を着た青年たちが歓声をあげている。
 時に2045年。
 人類は2つの階層に分断されていた。
 1つは四畳半マンションに住む富裕層たち。
 もう片方は、その富裕層たちに搾取される貧困層たちだ。
 四畳半マンションに搭載された投資AIはあらゆる富を買いあさり、四畳半マンションに住む者たちに富を集中させた。
 そして冒頭では全自動と書いたが、四畳半マンションには1つ出来ないことがあったのだ。
 それが、通販で賄っている物資の調達。
 ドローンによる遠隔配達は過疎地では進んでいるが、高層マンションひしめく都市部では操作が難しい。
 なので、必然的に人の手による運搬が必要となってくる。
 そんな宅配を担ったのが四畳半マンションを購入できない貧困層の人々であった。
 彼らはマンションと直接契約を結ぶ宅配業者によって安い賃金で雇用された。
 いまや商店街やチェーン店といったものは、低所得者を対象とした店舗を除き軒並み存在しない。
 低所得者用の店舗も限られており、2019年から散発的に続いているウイルスの流行によって景気も回復しない。
 低所得者層の若者たちは職に就けず、常に失業状態か四畳半マンションの宅配員になるか、低所得者用の客層の悪い店舗に勤めるしかなかった。
 世界中の先進国では産業の空洞化が進み、工業事業の仕事は安い発展途上国に流れて行っている状態。
 そのうえ、世界経済の発展から取り残されたこの国では1997年から賃金が一切上がらない上に、税金は増えていくという悪循環を繰り返している。
 ゆえに貧困に陥ったものは、そこから抜け出せないという悪循環が生まれていたのだ。
 そんな鬱屈とした世の中に風穴を開けた人物がいた。

「テルヤ! 四畳半マンションをまた1つ堕としたぞ!!」
 嬉々としたヤスヒコの声が聞こえて、テルヤは後方へと振り返っていた。眩しい笑顔を浮かべるヤスヒコは、その手に大量のうまい棒を抱えている。
 テルヤはそんなヤスヒコに駆け寄っていた。
「マンションから強奪した食料だ! うまい棒なんて数年ぶりに見たよ!」
「小麦の価格高騰で、俺たちには手に入らない高級品になっちまったもんな!」
 ヤスヒコからうまい棒を受け取り、テルヤはそれを口にする。
 すき焼き味のうまい棒だろうか。
 じんわりと舌に広がるすき焼きの味にテルヤは口元を緩めていた。
「うまい……。合成食糧とはえらい違いだな」
「だよな。四畳半マンションの系列会社が出した合成食量しか俺たちは買えないけど、あんなもの食えるかよ……」
 ヤスヒコの言葉に、テルヤは顔を曇らせる。
 小麦や砂糖といった食料品が今なお高騰を続ける中、貧困層は安い合成食糧を買い求めるのが一般的だ。
 なので、テルヤよりも小さな子供たちはうまい棒の味すら知らない。そのうまい棒ですら、1本5000円以上はする高級品なのだ。
 そのうえ、合成食糧はとても不味い。
 まるでゴキブリを粉末にして、固形状にしたような味がするのだ。
 それひとつとっても、四畳半マンション奴らが、貧乏人たちを人と思っていないことがわかる。
「でも、もう少しでガキたちにもうまい棒をわんさかと食わせてやれるぞ! 俺たちが国を作り変えるんだかからな!」
「ああ! 革命をこの国に起こそう!」
 そう、ヤスヒコこそこの鬱屈とした世の中に風穴を開けた英雄。テルヤを革命へと導いた戦士だったのだ。
 安い配送会社で厳しいパワハラに遭いながら仕事をしていた彼は、テルヤたちをいじめていた上司を半殺しにして、逃走。
 数か月後には自分と同じような境遇の人々を集め、各地でテロ行為を開始。次々と四畳半マンションを襲撃し、そこに住む富裕層の人々を殺害していった。
「俺たちはもう底辺なんかじゃない。暴力で俺たちを虐げてきた金持ちどもに、俺たちよりもひどい目に遭ってもらうんだ!」
 手に持っていたうまい棒を握りつぶし、ヤスヒコは闘志に燃えた眼をテルヤに向けていた。
「きっと世論は俺たちの味方だ! みんな俺たちを英雄として祭り上げてくれる! なんてったって、むかつく金持ちどもをぶっ潰してるんだからな!」
「ああ! これからどんどん四畳半マンションをぶっ潰していこうぜ!」
 目指すは全国に立ち並ぶ四畳半マンションの壊滅と、そこに住む富裕層たちの殺害。自分たちの富を吸い上げる四畳半マンションがなくなれば、きっと自分たちは飽くなき搾取から解き放たれるはずだ。
 ヤスヒコの掲げる目標をテルヤは頭の中で何度も反芻した。
 ヤスヒコが殺した上司も、テルヤの母親を愛人として囲っていた『アイツ』も、四畳半マンションに住む独身者だった。
 四畳半マンションはもともと1人用の富裕層のために設計されている。それゆえに、四畳半マンションが増殖するとともに国の低かった出生率はますます下がっていった。
 子供がいなければこの国に未来はない。ヤスヒコはその未来も取り戻そうとしている。
「いやー! やめて!」
「おーい! ヤスヒコ! 今日のメインディッシュだぜ!」
 と、そこにこぎれいな服を着た女が仲間によって連れてこられた。
 彼女こそ、テルヤたちが求めているものの1つだ。
「ちょっと! あんたたちなんなのよ!」
「なにって、あんたにちょっと用があってさ! 俺たちの仲間にならないか?」
「はあ!? お父さんもお母さんも私の目の前で殺した奴らがなに言ってるの! あんたたちがやってるのは、立派な犯罪よ! なに考えてるのよ!」
 怯むことなく女はヤスヒコを怒鳴りつける。
 はぁとヤスヒコはため息をついて、女を殴りつけていた。
 乾いた打撃音があたりに響きわたって、女の体が地面に横たわる。
「い、痛いよお……」
 今にも泣きそうな女の声に、テルヤはひゅっと喉を鳴らしていた。
 ヤスヒコはたしかに英雄だ。だが、テルヤは彼の暴力的な部分に恐ろしさを感じることがある。
「よーし。こいつは種付け施設に連れていけ。俺たちの仲間じゃなくて、奴隷にする」
「は……。ど、奴隷? な、なに言って……」
「いいから立て、このアマ!」
「いやああ! やめてええ! 放してええ!」
 さっきの威勢はどこへやら。女は泣きじゃくりながら、仲間たちに拘束されてその場から連れていかれる。彼女がどうなるのか、テルヤは知っていた。
 種付け施設で、男たちの慰み者になって子供を産まされるのだ。幸いなことに、そこにテルヤがいったことはないが。
 そして、テルヤの母親もその施設で保護しているとヤスヒコはずいぶん前に教えてくれた。
「あーあ。今日、マワす女はいないのかよ?」
「その辺の繁華街から拉致してきましょうか? ヤスヒコさん!」
「お、それいいね! 革命のために人口増産は必要だ! 繁華街のお嬢ちゃんたちに協力してもらおうぜ!」
 ぐへへへとヤスヒコの顔に下卑た笑みが浮かぶ。その表情にもはや、先ほどまでの闘志は感じられなかった。
 この下卑た表情を浮かべるヤスヒコこそ彼の本質なのではないかとテルヤは思う時がある。だが、そんな思いをテルヤはいつもかき消してヤスヒコについていく。
 そうでないと、テルヤの居場所はどこにもないからだ。
 ヤスヒコと行動を共にしている時点で、テルヤに平穏に暮らすという選択肢は永遠にやってこない。
 『あの男』とそっくりな『彼』の側にしか、テルヤの居場所はないのだ。
「ところでよう。お前のお袋だった女が身ごもった話はしたっけ?」
「え、なんのこと?」
 下卑たヤスヒコの言葉に、テルヤは目を見開いていた。
「お前にとっては父親の違う妹か弟が出来たってことだよ。ほら、ここに行けば、男どもにやんやん犯されてる母親に会えるぜえ」
 ヤスヒコがテルヤに紙切れを渡してくる。
 経度と緯度が簡単に書かれたそれを、テルヤは無表情で受け取っていた。
 ヤスヒコと行動を共にして数カ月。自分の父親である『あの男』と母親の住んでいるマンションが襲撃されたと彼が笑いながら告げてから、テルヤはあることを決めていた。
「そう。ありがとうな」
 テルヤが腕を上げると同時に、ひゅっと空を切る音がする。
「あ……」
 それと同時に、腹から血を流しヤスヒコが地面に倒れた。
 仲間たちの怒号が遠くから聞こえてくる。テルヤは隠し持っていた拳銃を彼らに突きつけ、発砲した。
 駆けて、銃を撃って、仲間たちを殺しながらテルヤは突き進む。
 すべては、彼らから母を救うための行動だ。
 種付け施設にいる母がどんな状態かはわからない。でも、生きている。ならば救う価値はある。
 走る。走る。ただひたすらにテルヤは母の元へと向かう。
 ふっとテルヤが後方を見上げると、四畳半マンションが煌々と炎に包まれ崩れていく様子が視界に映った。
 瞬間、パンっと空気を裂く音がして、テルヤの背中に銃弾が撃ち込まれる。
 テルヤの体は地面に倒れた。
「母さん。今すぐ、行くからね……」
 掠れた声がテルヤの口から漏れる。
「……」
 彼が言葉を紡ごうとした瞬間、仲間の1人がテルヤの頭を撃ちぬいた。
「あ……」
 テルヤは何も言わなくなる。
 彼の骸は、燃え上がるマンションを虚ろな眼でじっと見つめるばかりだった。


『四畳半マンション』猫目青(4284文字)


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