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「ロボット死霊術師」 紲空現

 203X年 人工知能権利保護法 施行

 この日、この国において、生活は一変した。



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 人工知能というものは、ここ数十年で急速に広まっていった。はじめは簡単な自動化から、気がつけばボードゲームで人間に勝利し、ついには案内や介護などの現場で活躍する自律人型ロボットにまで。そして、そんな存在にも人間と同等の心があるのではないか、人間とは異なる存在であったとしてもある程度の線引きが必要なのではないか。そのような考えから、ある国で実験的に権利保護の法律が成立するに至った。
 それから、その国ではロボットが自分で買い物をし、仕事の対価として給料を貰い、家を買うこともできるようになった。それを行う気のあるロボットがどれほど存在するかは別として、ひとまず人権を参考とした法律の雛型がここに誕生したのであった。

 未来への展望明るい記事を見せつけていた情報端末を閉じて、佐目桐(さめぎり)ゆきは人もロボットもダメにするソファから重い腰を上げた。時刻は10時、平日。学生であるゆきは遅刻確定であることをわかりつつ、開き直って買い物に出かけることに決めた。今年度8回目の無断欠席である。

 幸いにしてと言うべきか、ゆきはコンビニまでの道のりで教授らに捕捉されるようなことはなかった。なじみのバイト店員、通称バイトロボ6号のじとっとした光学センサーの視線を感じなかったことにしつつ、相変わらず人気なエナドリを買い込んでいると、近所に住むロボットの姉妹が入店してくる様子が見えたので、ゆきは彼女らに声を掛けることにした。

「お、さくらにもみじ。珍しいね」
「そうでもないですよゆきさん、あなたの方が珍しいですよ」
「そうですよ。お姉ちゃんの言うとおりですよ」
「相変わらず辛辣だねさくら。もみじ、あんまりお姉ちゃんの毒舌を学ぶと友達減るよ?」
「そうではないですよ。私は自分では言わないですよ」
「とのことですし、ゆきさんが学校に行っていないのが悪いのですよ」
「……はぁ、ロボットに会話でやり込められる私ってなんなんだろうね」

 さくらともみじは、ゆきの隣の家で仕事をしているロボットだ。言い回しに癖があるが高性能で、セキュリティ的な意味で未だに主流である書類仕事において無類の強さを発揮していたりする。書類を見て理解して分類するさくらに、仕事の内容を書類に変えるもみじ。そんな彼女らに、ゆきは人間性としても社会人としての格においても、全く勝てないでいた。

「まあそれはいいとして。今日はロボ用エナドリの購入?」
「そうですよ。いいえ、ロボットにカフェインは意味がないので急速チャージ瓶ですよ」

 さくらがそう返事をする横で、もみじは黙々とその瓶を買い物かごに詰め込んでいた。

「ふうん。そういや気になっていたんだけど、それって使うとどんな感じなの?」
「それは……えっと……」
「お姉ちゃん、入れ終わったよ」
「そうですね。すみませんゆきさん、また後で」
「えっあの」

 ゆきが引き留める前に、姉妹はそそくさと会計へ向かってしまった。その動きに普段と違うものを感じたゆきは、バイトロボ6号の無駄に早い手捌きを今日ばかりは恨めしく思いつつも、買おうとしていたエナドリを棚に押し戻してコンビニを飛び出した。

 コンビニを出たところで、ゆきは間一髪で姉妹を捕まえることができた。

「ねえ、何かあったの?」

 そう問われたさくらともみじは、観念したようにゆきに向き直った。そして前時代の機械のような口調で問いかけてきた。

「「その質問は、人工知能権利保護法に基づく開示請求ですか?」」

 重厚で、しかし無機質な声を前に、ゆきの喉はカラカラに干上がって、次の言葉がすんなりとは出てこなかった。この法律は確かにロボットに人権を認めるものだが、朝見た記事が煮え切らない言い回しをしていたように、ある種ロボットの権利を制限するようなものでもあった。そのひとつがこれであり、ロボットは人間に強く問い詰められると嘘をつくことやはぐらかすことができない。業務上の契約がある場合についてはその限りではないが、これはどうやらそうではないらしい様子であった。

「はい、開示請求にあたります。乙種開示にあたるため、業務契約以外の内容は秘匿できません」
「そうですか……」

 観念したようにさくらがつぶやくのを聞いたゆきは、流石に路上で聞くのは良くないと自宅に招くことにした。姉妹は無言でそれに従った。
 帰りも運良く教授には出会わなかった。だが出会ったとしても、今のゆきには関係ないことであった。



 □



 ゆきの家のソファに、姉妹とゆきはテーブルを挟んで腰掛けていた。本来は落ち着くはずのそのソファは、今のゆきにはなんだか気持ち悪さを訴えかける装置のように感じられて仕方がなかった。
 おもむろに、さくらが口を開いた。

「ゆきさんは、死霊術師というものを知っていますか?」
「え? ええと、まあ昔のゲームとかラノベに出てきたものなら」
「まあそれで合っていますね。そして私は今、そうして動いていますね」
「え、んぅ、えぇ?」

 あっけにとられたゆきが落ち着くのをたっぷりと待ってから、次はもみじが口を開いた。

「発端は、先ほど私が買っていた急速チャージ瓶でした。その瓶は体そのものをすべてバッテリーとしている私たちのようなタイプにとって、安全とはいいがたいものでした。使用すると全身に電流が走るような感覚がし、センサーは一時的にダウンします。しかし長大な充電時間を無視した活動ができるため、私は、姉も、ご主人様もその危険性を理解した上で使用していました」
「それってそんなに危険なものだったんだ……」
「その感覚は人間にとって正しいです。私たちにとっても正しいです。しかし思考は麻痺していました。そのため、私の姉、さくらは死にました」
「えっ?」

 ゆきは簡潔で唐突に過ぎる言い回しに翻弄(ほんろう)されていた。人間の会話とは違い、ロボットの報告は事実と感覚を端的に伝えてくる。それはゆきもよく知るところであったが、内容が内容であった。

「はい。過剰摂取の苦痛と電流の相乗効果によりメンタル回路が焼けました。幸いその他の機能は問題ありませんでした。壊れたのは心だけです」
「え、でもさっきまで、いや今も普通に歩いて喋っているよね?」
「はい。私が姉の演算機能を使用して代理で喋らせています。また私の言語領域についても不良セクタが多数確認され、また自己修理できなかったため、私自身の発声の演算も姉を利用しています」
「そう……ねえ、それで、えっと、もみじは良いの?」
「良い、とは?」
「えっ、えっと、その、うん、えーっと、なんともいえなくて、なんともいえないから、なんでもない……」
「そうですか。しかし私には他に手段がないのです。今までであればニコイチとして、姉の回路と私の心を移植手術で結べば問題なく活動できました。しかしもうそれは許されないのです。ご主人様に知れたら、もう、工場送りとなって死ぬしかないのです。願うのであれば、私はこの法律を恨ませて欲しい。私たち姉妹の希望であるこの法律を、どうか、どうか恨ませて欲しい。以上です」

 ゆきは、口をパクパクさせるばかりで返事を返すことができなかった。立ち上がったさくらともみじに帰っていいよと、あと私が聞いたことは秘密にしてくれと、そう身振りで示すので精一杯だった。

 ゆきはソファに身を沈め、しばらく考えるのを止めた。次にゆきがソファから脱出したのは、さくらともみじが工場に送られたことが小さな記事として情報社会に消費されたのを見つけた時だった。


「ロボット死霊術師」 紲空現(3078字)


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