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「乾杯」 メロウ+

 夕方、玄関を開けると既に娘達は帰宅しており、それぞれの趣味に没頭しているようだった。
 いつの頃からかこんな光景がお決まりのようになっていて、それをどうにかしたいと毎日思う。
 昔は大喜びで飛びついて来たもんだが、これが成長というものか。
「ごはんだぞ」
 そう呼んでもなかなかやっては来ない。友達と通話しながらのゲームというものは、キリをつけるのが難しいものらしい。
「ほら、ごはん食べるから、一度バイバイして」
「は~い」
「ゴメンね! 母さんうるさくて」
 やめさせなきゃやめられないとは依存症なんじゃないか。
 そんな心配もしてしまう。
「いただきま~す」
 食欲は旺盛、よくしゃべる。
 娘達の言葉は専門用語が多くて自分には難解だが、楽しく話す娘たちの顔を見ながら食事するこの日常を、いつまでもと思うのだ。
「ごちそうさま!」
 競うように食べ終わって、元気よく趣味に戻っていく娘達。さっきの友達にだろうか、口々に謝ってゲームを再開させている。
 あっという間に団欒は終わって、おれはため息をつく。
「団欒がしたいって思っているのはおれだけか」
 君は笑って、「そうねえ」と言った。
「あの子達は今ここにいるけれど、いつかは自分の世界へ出ていく。趣味というのは、その扉なのよ」
「娯楽とか逃避だと思ってたよ」
「もちろんそう。でも、間違いなくこのおうちから外の世界。ここから出る練習をしているとでも思ってたらいいんじゃないかしら」
 風呂に浸かりながら、そんなにいいもんなのかねえ、と半信半疑で顔を洗う。
 だが、そう思ってみれば二人は実に楽しそうに知らない世界を遊んでいるのだ。
 おれが寂しい気持ちになってしまうのも、これが巣立ちにつながっているからなのか。
 彼女たちはいつ、どんな世界へ旅立つのだろう。
 無邪気な姿からはまだ、想像もつかないけれど。
「さあ、お風呂入って。もうやめなさい」
「先入っていいよ」
「あっ、ずる~い!」
 風呂から上がればもう寝る時間だから、どちらが後に入るかは譲れない戦いらしい。
 昔みたいに一緒に入れば良いのに。
 湯上がりの一杯を流し込みながら、元気な勝負を横目に見る。
「どうせ一人ずつなら順番にすればいいのに。なあ」
 そう言って顔を見上げると、そこに君の姿はなかった。
 そうだった、久しぶりについやってしまった。
 君の本体はおれの胸に下げたタグネックレス。
 接続したスピーカーからならどこからでも話しかけられる、君の全記憶から作られたAI。
 小さな娘たちを残して逝く君が、どうしてもと残したメモリー。
 ずっと一緒だから時々間違えてしまうんだ。
 いなくなる前よりずっと側にいてくれる、君の声。
 身体は要らないと、高額なロボットは頼まなかった。
 もしも君の姿が見えていたら、こんな平穏に生きて行けはしなかっただろう。
 ほんとうはもういないことを、見る度に思い出してしまうから。
 そう、見えないからどこへでも連れて行ける、おれの行くところ、娘たちの行くところへ。

 いつも聡明だった君────君の先見の明に、乾杯だ。

『乾杯』メロウ+(1262文字)


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