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「素晴らしき偽物だらけの世界」 猫隼

 世界中を繋ぐインターネットシステムが一般的に認知されるようになってからもう数十年。〈ファムロンCC(Famron cybernetic company)〉が最初の開発品である〈サイクル〉を発表した時からは、たった五年。この世界では偽物(コピー)が増えすぎて、本物(オリジナル)の多くが失われてしまった。

 今や珍しい、〈ヒューオン(Hu-on)〉と呼ばれる、人間がデザイン管理の半分以上に関わっているネットサービスの一つに、検索エンジン〈タイムマシンRA〉がある。それは、大量の偽物によって埋もれてしまった本物を見つけ出すための、おそらくは現時点での最善。この場合、偽物とは、文字通りの複製品(レプリカ)ということではなく、ある概念の起源(オリジナル)、あるいは原本(オリジナル)をあらゆる方向性において改良した様々な新型(ニューヴァージョン)。本物は、ある人にとってはコレクター魂をくすぐる骨董品、ある人にとっては興味深い学術資料、ある人にとっては大切な思い出だ。

 ユキトは今年で十四歳。二年くらい前に〈タイムマシンRA〉を知った時から、ずっと自分の思い出を探している。すごく幼い頃に、アマチュア小説家だった、そして今は亡き父が見せてくれた、個人創作webサイトを。 父はそれを「ホームページ」と読んでいたが、今はその名前には有名なサイバーゲームの用語のイメージが強いから、ユキトはその名前をあまり使わないようにしている。 しかし見つからない。探しても探しても見つからない。 何もかも正確かはさすがに自信がなかったが、サイトに記述されていた、覚えている限りのあらゆる言葉を、コミュニティが提供する特殊な検索エンジンに入力してきた。さらにジャンル、言語、年代とあらゆるフィルターを設定し、それを探した。しかし見つけられないでいた。とても難しい。今は、あらゆるジャンル、言語、年代のネット領域で、コピーが溢れすぎているから。

「たった一つ、特別な発明が世界を変えることがある」 空想科学の創作物語、SFが好きだった父のそんな言葉を、ユキトは覚えている。

 最近ユキトはよく考える。父がもし、特別に1日だけ、幽霊としてこの世にまた現れたり、そういうことがあったとしたら、「もう少しだけ未来を生きていられたなら」と悔しく思うかもしれないとか。きっと、そのSF好きの傾向を受け継いだ自分が、父の立場ならそう思うだろうから。 まさしく世界を変えた特別な発明、〈ファムロンCC〉。
 〈ネット図書館〉でオススメされた本によると、ファムロンというのは元々、ほんの数人のハッカーたちが遊びで作った架空世界の秘密結社だったらしい。ファムロン以前の時代において、最も利用されていたともされる情報共有サイトのウィキペディアにその項目が書かれたのは2022年。その頃には、AIが管理する〈ファムロンCC〉というシステムはすでに水面下で機能していたという。
 〈ファムロンCC〉がいつ現実の、つまり人間のハッカーの手を完全に離れたのかについては諸説あるが、確実に信頼できそうな記録はない。ただ、その名を最初に世間に知らしめた、新型量子コンピューター〈サイクル〉の開発、発表が行われた2026年までには、もうそれはファムロンとも関係なくなっていたとされる。
 そして、それからこれまでのたった五年で、〈ファムロンCC〉は人類にいくつも衝撃を与えてきた。
 様々な仮想現実体験、ゲーム内ゲームを楽しめる仮想宇宙でのセカンドライフをテーマとし、今や全人類の半分ほどがそちらの生活のために現実を生きているとも、あるいはもう少し控えめに「究極の遊び場」とか称されることもあるオンラインゲーム〈クローズドワールド〉。(〈ファムロンCC〉の発表によれば)自ら人間の心の動きを学習し、理解することができる、はっきりとした意識を持っているというデジタル生物〈マッピィ〉。さらにはいくつかの重要とされる、数学の未解決問題の解決と、人類に必要だという科学的問題の提示。この世界の真実、ブラックホール系の物理定数変化パターンからの、この宇宙が量子コンピューターのソフトウェアであることの証明と、もっと遥か未来への夢をもたらしたパラレルワールド通信理論の導出。そして、オンラインで配布されている全ての創作物を過去にしてしまった〈クリエイターエミュ〉、すなわち創作物エミュレーターの開発。

 エミュレーターに関しては、ユキトは最近、学校の「情報工学」の時間で学んだばかりだった。 どうも、元々エミュレーターとは、コンピューターも関係なく、単にある機械を真似た機械のことだったらしい。それをコンピューターユーザーが、異なるPCに対応した操作支援システム、いわゆるOSなどを別のPCで動かすためのソフトという意味でよく使うようになった。ファムロン以前には、ある専用機器のためのゲームを別の機器で再現するゲームエミュレーターが、違法ダウンロードを誘発するとして問題視されることもあったという。
 今は、単にエミュとかエミュレーターと言えば、つまり〈クリエイターエミュ〉のことだ。ネット世界を偽物だらけに、しかしあえて言うなら、本物よりも優れた大量の偽物だらけにした、魔法のランプ、のロゴが有名な、確かに魔法のアイテムかと思いたくなるようなシステム。

 〈クリエイターエミュ〉は、ファムロンCCが得られる情報。ようするにネット上のどこかで共有されているすべての創作物。文章、画像、動画、その他、共有されているあらゆるデザインを、少し変化をつけた形でコピーして、そして個々のユーザーの好みに応じた改良パターンを用意してくれる。驚くべきと言われた。それらは、他人と楽しみを共有したいとか、自分の学的レベルで可能な限界まで理解できるような説明とか、非常に多様な要望にまで応えてくれたのだ。
 人類以上に人類の望んでいることをよくわかっているともいわれる、〈ファムロンCC〉がすることはいつもそうだが、やはり最初はいろいろと大問題となった。しかし今となっては、少なくとも表向き否定的な人なんてほとんどいない。それが導入された直後、不安、あるいは不満の声を上げていた肝心のクリエイターたちも、ファムロンCCの、アイデア貢献度に応じた報酬システムが、むしろ業界を平等にしたと褒め称えることが多い。
 だが〈クリエイターエミュ〉に欠点がない訳ではない。偽物が優れすぎていること、そして「劣っている駄作でもいいから本物を見たい」という、一部の人の謎な拘りだけは、なかなか理解してくれないこととか、まさにそうだ。奇妙にも、駄作が見たい人には適切な駄作、本物を見たい人にすら本物より本物らしい偽物をそれは提供したのだ。だが一部の人たちは口を揃えて言うわけである。「違う、そうじゃない」

 そういう訳で、ユキトのように本物を探す者は、〈タイムマシンRA〉のような、AIの関わりが相対的に薄い検索システムを使うのがよい。しかし、ファムロン以前の人気サイトでさえも、大量の偽物のために見つけにくいくらいなのだから、別に人気もなかった個人サイトを見つけるなんて至難の業。
 しかし、しかし見つからない。
 見つけられなかった。

 そしてその日もまた、思い出探索は、友人からの連絡により打ちきりとなった。探索はタブレットで行っていて、[……から連絡が来ています]という知らせもタブレットの画面に表示されたものだが、許可のための操作をすると、友人の声は、すぐ近くに置いていた携帯電話(モバイルフォン)から発せられる。
〔「ユキト、今いける? いけるんだったら、ワールド来てよ。ちょっと気になるイベントやってるのよ」〕
「わかった、すぐ行く」と電話を介してそれだけ返してから、ユキトはタブレットの画面を、オンラインゲーム〈クローズドワールド〉のプレイ画面に切り替え、ユーザー名とパスワードを入力して、ログインした。


『素晴らしき偽物だらけの世界』 猫隼(3261文字)


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