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第10話 協力してくれるよな?

前回のお話はこちらから↓


 宇宙人の灰原彩香。
 未来人の三崎未来。
 超能力者の能登力也。
 あと、あの……えー……牛。
 そして俺。

──Fulfill role(役割を果たせ)

 それぞれに与えられた役割とは何だ?
 灰原はずっと母星との交信を行っていて、三崎はなぜか速く動くという芸当を見せ、能登くんに至っては今のところ何もしていない(牛に何かしようとして失敗してはいたが)。しかし、それぞれが自分の力を使うことに固執していた。おかげで、連携などまるで取れていなかった。
 じゃあ、自分が何者かを知らない俺は、何を果たせばいい?
 そもそも、なぜ俺は自分の役割を知らないのだろう?
 なぜ、俺だけ自分の記憶がないのだろう?

──答えは、最初から身近なところにあったんだ。

 砂に足を取られながら走り出す。間もなく、少し先に彼らの背中が見えてきた。枯れた喉からでも、まだ声は出るようだった。

「待ってくれ!」

 振り返った彼らの顔がすっかり「もううんざりだ」と語っていて、少しだけ胃が冷えるような心地がする。それを強引に無視して、「さっきは悪かった」と頭を下げた。

「空想の人物に謝罪するなんて、律儀ですね」

 能登くんの口調は柔らかかったけれど、その語尾には怒りが滲んでいた。
 そこで改めて気がつく。彼らも不安だったのだ。自分達が無人島にいる理由もわからず、し水も食料もない。あるのは「自分が何者か」という記憶だけ。それに頼ってふざけてでもいないと、気が狂いそうだったのだ。
 今ならわかる。だって、俺も彼らを茶化していることで、どうにか目の前の現実を受け入れないようにと踏ん張っていたのだから。
 そんな状況で、俺がさらに「お前らの存在は自分の夢なのかも」なんて口にしたものだから、怒るのも無理はない。これはもう、完全に脱出を諦める一言に等しかった。冷静になった今ならよくわかった。

「“いい人”でいる夢でも見たくなったの?」
「……夢見は、いいにこしたことはないですからね」

 冷静になったのは、俺だけではないようだった。
 彼らの言葉は厳しかったが、会話を続けようという意思がわずかに感じられたのだ。実際、能登くんが「……それで?」と横目で俺を一瞥する。

「……どんなにゲテモノだらけの闇鍋でも、“鍋料理”にはほぼ必ず入れるものがある」
「なんの話?」
「裏を返せば、“それ”がないと鍋料理とは言えない」
「……あの、まだ寝てたほうがいいんじゃ……」
「ずっと疑問だったんだ。君たちは、どうやら大きない力を使うエネルギーを失っていて……なのに俺は、どうして自分の記憶を失っているのかって」
「記憶喪失だったんですか?」

 初めて打ち明けた事実に、全員が目を丸くしている。三崎が「それは……」と口にしかけたが、それを遮って「能登くんは」と声を張り上げた。

「能登くんは、俺が『自分は凡人だ』と言ったとき、否定してくれたよね。『凡人じゃない、誰にでも役割がある』って」
「まあ……」
「あれ、半分正解で、半分間違いだったんだ」
「どういうことですか?」
「俺は“何の能力も持たない、普通の人”っていう役割があったんだ。鍋料理の、水やだし汁みたいなものだよ」

 みんなそれぞれ、何かしらのアイデンティティを失っている。それは、ほとんどにおいて大きな力を使うためのエネルギーだった。無人島脱出において、これらがないのは致命的だろう。ただでさえ、その特殊な人生観のおかげで、彼らには一般常識があまり備わっていない。
 では、一般人は? 何の能力も持たない、ただの一般人からは、何を奪えばいい?

──つまり、記憶だ。記憶喪失であることそのものが、俺が何者であるかの答えだったんだ。

「君らの力と、俺の“ただの人”からの視点。これらが何者かに奪われたことで、俺らの脱出は困難になってしまった」

 変な人に囲まれたことで、「自分も何者かなのではないか?」と悩んでしまったが、全くもって無駄な時間だった。記憶を奪った何者かの思い通りといえばそうかもしれない。

「今さら俺にあれこれ言われたくないかもしれないけど……信じてくれないか」

 三人の顔を順に見据えて、再び頭を下げる。
 これが本当に正解なのかもわからないし、現状、意味のありそうな方法は一つしか思いつかない。それも実現可能な保証はないし、当然、成功の確率もわからない。
 それでもどうか、という気持ちで自分のつま先を睨み続けていると、能登くんが「やっぱり、」と重々しく口を開いた。

「やっぱり、……君は凡人なんかじゃないですよ」
「え?」
「素直に謝るのは、大人になればなるほど難しいです」
「そうですよね……私たちも、ごめんなさい」
「ごめんね。混乱してたのは、みんな一緒だもの」
「そういうことです。……一人だけ責めるようなことをして、すみませんでした」「い、いや……」

 じわ、と視界が滲んだのに気づいて、慌てて顔を振る。
 そんな俺に気を遣ったのか、能登くんが「それで、何か策はあるんですか?」と明るく問う。「従いますよ、リーダー」なんて茶化しすらした。

「ああ、うん。成功するかどうかはわからない。そもそも、俺たちがここに連れてこられた理由もよくわかってない。でも、ヒントはある」

 俺は、自分の腕の傷を見せて、自分の考えを話した。
 何者かに能力や記憶を消されたのではないか、ということ。それを事前に察知した自分達が、この腕に傷を残したこと。

「なるほど……今の話が本当だとすると、全てを思い出すと再び消されてしまう可能性がありますね」
「そうなんだ。俺が自分のことに思い至ったっていうのもギリギリじゃないかな。まあ、全くの的外れだからかもしれないけど」
「じゃあ、できるだけ今ある情報でどうにかしないといけないですね……」
「そうだ。だから……」

 言葉を切って、灰原の目を見つめる。
 無感情のままの彼女に見つめ返されながら、「星の河……いや、地球人は“天の川”と呼ぶな。それが、生誕の儀とやらに必要なんだろ?」と問いかけた。

「ええ。それを行わなきゃいけない、という思いだけが、私の中に強く残ってる」

 今までの言葉の少なさは何だったんだ、と言いたくなるくらい、灰原は饒舌だった。

「でも、昼間に星は見えないと言ったのはあなたでしょ」
「そうだね。でも、見えないだけで昼間にも星は空にある。それに、地球では天の川のことをこう呼ぶこともあるんだ」

 今まで無言だった彼……ああいや、この場合は彼女か? 違ったらごめん、許してほしい。……ともかく、そちらのほうを向いて続ける。

「Milky Way。……協力してくれるよな? 牛さん」


続く

担当:前条 透

次回は12月20日(火)頃に更新予定です。
お楽しみに!

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