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【晩夏のゾーッとするクラシック・13 最終回】ノルドグレン:小泉八雲の怪談によるバラード/舘野泉【フィンランドの作曲家が描くあやかしの世界】

13回にわたってお送りしてきた「晩夏のゾーッとするクラシック」。今回でひとまず最終回です。

作曲者ペール・ヘンリク・ノルドグレンについて

作曲者ペール・ヘンリク・ノルドグレンは1944年にフィンランドに生まれた現代音楽の作曲家です。
1970年から73年にかけて来日し、東京藝術大学に留学しました。この時、小泉八雲の怪奇小説を知り、その怪奇の世界に魅了されます。そして、1972年に舘野泉の委嘱によって「耳なし芳一」が作曲され、以後、「怪談」に基づくバラードが作曲されていきました。
「小泉八雲の怪談によるバラード」と題されていますが、標題音楽のように物語の場面場面を音化したものではなく、それぞれの作品にこめられた想念やそのイメージを自由な形式で表現した曲です。

演奏者 舘野泉について

舘野泉は1936年に東京に生まれたピアニストで、1964年からフィンランドに在住しています。シベリウスをはじめ、フィンランドの作曲家の作品を紹介することに努めています。
2002年、コンサートでの演奏を終えた直後に脳溢血で倒れ、右半身に麻痺が残りました。リハビリを経ても右腕は不自由なままでしたが、2003年に左手のためのピアノ作品の演奏で復活。以後、左手のピアニストとして以前にも増して活躍しています。
左手のピアニストといっても、左手のためのピアノ作品はいずれ劣らぬ超難曲ばかりです。たぶん説明なしでお聞きいただいたら、左手だけで演奏する作品とは気付かれないと思います。
ここで紹介する「小泉八雲の怪談によるバラード」は1990年の録音で、左手のピアニストとして再出発する以前の録音です。

ペール・ヘンリク・ノルドグレン:小泉八雲の怪談によるバラード
舘野泉
ジャケット表

<収録曲>
お貞  雪女  無間鐘  おしどり  むじな  ろくろ首
耳なし芳一  食人鬼  十六桜
ピアノ:舘野泉
ノルドグレンは『怪談』に収録されている「安芸ノ介の夢」も作曲していますが、このCDには収録されていません。

それぞれのバラードの原作について

解説書にはノルドグレンが書き下ろした作品についての解説が収録されており、(畏れ多いことですが)一部加筆等を加えながら紹介します。

・・・・日本滞在中の最も重要な体験といえるのは、ラフカディオ・ハーンの作品を知ったことだろう。みごとな物語集である『怪談』に対する私の興味は、原作に基づく新しいバラードを作曲するごとに深まる一方だった。遠い昔の信じられないような奇妙な話を、ハーンは、素朴ながら非常に洗練された知的な形で物語ってゆく。そこでは常識では理解できない不思議な出来事や、鬼や亡霊たちの世界の様子が描かれる。・・・・
私はこれらの物語から音楽的な想像力を刺激されて作曲した。それぞれの音楽は原作を具体的に細かく描写したものではなく、単にその気分や感情を伝えようとしたものである。

若死にしたが数年後に生き返り、再び前の夫と結ばれる女について語る『お貞』。

『雪女』では、巳之吉という木こりの妻となった雪女が「雪女を見たことを決して誰にも言わない」という約束を夫が破ったために、霧のように消えてゆく。

『無間鐘』は、ある寺が大きな鐘を作るために青銅の鏡を差し出すよう檀家の女たちにお願いする。鐘を寄進したものの、あとで惜しくなった若い女の怨念と、大金を得るために出来上がった鐘を壊そうと、果てしなく鐘をつく人々、そしてその音に耐えられずにとうとう鐘を沼に沈めてしまう僧侶たちが描かれる。

『おしどり』は、鷹匠がおしどりのつがいの雄を矢で射殺し、人間の女に姿を変えた雌おしどりが鷹匠の夢枕に現れて恨み言を言う。

『むじな』は、東京の赤坂通りに出没する、目も鼻も口もない妖怪の物語である。

首と胴体が別々になった化け物たちと、その首領の胴体を隠すことによって化け物を殺し、化け物たちから逃れる僧の物語『ろくろ首』。

琵琶法師が壇ノ浦の戦いで滅亡した平家の武士たちの亡霊に取り憑かれ、阿弥陀寺の墓地で壇ノ浦の戦いを弾き語り、最後には亡霊によって両耳を引きちぎられてしまう『耳なし芳一』。

『食人鬼』は読んで字のごとく、人肉を喰らう男の物語。

『十六桜』は、枯れた桜の木にもう一度花を咲かせようと、自分の魂を桜の木に乗り移らせるために切腹する老いた侍の物語である。

ノルドグレンの「小泉八雲の怪談によるバラード」は、全音楽譜出版社から発行されており、最難曲の「第6課程」となっています。

小泉八雲には『怪談』のほかにも、『骨董』『日本雑記』『霊の日本』などのすぐれた作品集があり、それらに収められている幽霊話や怪奇譚もぜひ音詩に表現してほしいと思います。ピアノ曲でも、弦楽四重奏曲でも、管弦楽曲でも。

ペール・ヘンリク・ノルドグレン:小泉八雲の怪談によるバラード
解説書裏
ペール・ヘンリク・ノルドグレン(左)と舘野泉

お読みいただきありがとうございました

「晩夏のゾーッとするクラシック」を書き始めた頃は蝉の声が賑やかでした。ですが今は、こおろぎの声が聞かれます。朝夕も少しずつ涼しくなってきています。季節の移ろいを感じます。

<次回予告>
【三流オケへの客演指揮】ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ペトルーシュカ」ほか/ピエール・ブーレーズ&モスクワ音楽院管弦楽団【悪いオーケストラなどない。悪い指揮者がいるだけだ】
現在、34日連続投稿中なので、今週末に鳥取に行くまで投稿を続けたいと思っています。

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