見出し画像

第6話:エスプレッソにはまだ早い


惰眠を貪る。

一見、怠惰な人間を連想させるフレーズだが、これこそ、人類が求める最も純粋で高尚な幸福なのではなかろうか。

幸福の定義は十人十色、千差万別だが、これは、その中にある一つの共通解と言っても差し障りない、と俺は思う。

ぐでー。

そんな訳で、今日も今日とて、休日の午前中を布団に包まって過ごしている。

「んぅ...」

半目を開けてみる。遮光カーテンの隙間から太陽の光が差し込み、部屋のフローリングを線状に照らしている。
どうやら、本日は天気がよろしいようだ。

寝そべったまま、首を可動範囲の最小限で動かす。時計は見当たらない。
問題はない。
なぜなら、この後も人類の至福の定義に則り、再び瞳を閉じるのだから。

「おーい、もう11時だよー!」

なるほど、まだ11時なのか。これで時刻は把握できた。
あと2時間くらい経ったら起きてやらんこともな...

「休日終わっちゃうよー?」

大丈夫。1日には、なんと24時間もの時間が内包されているのだ。まだその半分すらもーーー


「起きろーっ!」

バサッ

「寒っ!」

至福のまどろみは、一瞬にして終焉を迎えた。

「ちょっと、りうちゃん。布団返して」
「だーめ。もう、キミはホントに寝坊助だなぁ」

掛け布団を剥ぎ取られた俺は、情けない格好でダンゴムシのように丸くなる。
一方、布団を奪った彼女の名は、有栖川りう(ありすがわ りう)。
俺が「りうちゃん」と呼ぶ女子高生だ。
彼女は仁王立ちしながら頬を膨らませている。

「一昨日、約束したでしょ?」
「一昨日...」

記憶のカレンダーを繰ってみるが、ぼんやりしていてよく思い出せない。

「もーっ!今日は駅の近くにオープンしたカフェでランチしようって言ったじゃん」
「あ、そうだった。ごめんごめん。...あれ?でもりうちゃん、なんで制服着てるの?」
今日は学校も休みのはずだ。しかし、彼女はセーラー服を着ている。

「午前中は部活があったの。だからお昼に間に合うように急いで帰ってきたのに、キミ、ぐーぐー寝てるんだもん」
そうだったのか。それは大変申し訳ないことをしてしまった。
「平日の疲れが溜まっていてですね...」
本当のことではあるのだが、つい、言い訳が口をついて出てしまう。

「お仕事大変だと思うから仕方ないけど、カフェには行きたいなー」
「ごめんよ、今起きるから」
「それと、その...」
「ん?」
「...えっちな寝言、言ってたよ」
「えっ!うそ!?」

ここから先は

5,248字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?