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愛しい人 Cara Mia

ジョセフ・ウッドの葬式は、雨だった。
死んだジョセフというのは、僕の家から北西のほうに二マイルほど先のあたりに住んでいた男で、鍛冶屋のじいさんだったが、実のところ僕はこの男のことはよく知らない。
だから葬式なんてどうでもよかったけれど、誰かが死んだら、それがたとえ知らないやつであったとしても、その死顔を見に行くのはこの小さな村ではなにも珍しいことじゃなかった。
それに、僕は幼かったからあんまり覚えていないが、昔はうちでも何度かその鍛冶屋に世話になったことがあったらしい。
そういうわけで、こんな雨だっていうのに僕らは外に出なくちゃならなかった。
「アーロン、一体今日はあんたが主役だっていうつもりかい」
「いつも通り、キマってるだろ」
「とんでもないね。人が死んだってのにあんまりめかし込むんじゃないよ」
僕は鏡をもうあと三度見てから、家を出た。
頭の先から全身が黒色に包まれた母さんの後ろを、その足元に小さくはねる泥を見つめて歩く。

葬儀屋の壁の煤けた煉瓦は、光も当たらず水が染み込んで、暗く重たかった。
そこに並ぶ黒い服の人々を、一人コンマ五秒ずつ見ていくが、姿はまだ見えない。
葬式なんてどうでもよかったが、しかし僕はここに来た理由がある。
そして、それは彼女も同じなのだ。
だから今日も、その時を待つ。
誰かがすすり泣く音が、雨の音に混ざり、それらを調和する声を探す。
その時間は、息苦しいが、同時に快楽をも感じさせ、僕を焦らすのだ。
すると、僕の耳元にクスクスと小さな笑い声が聞こえた。
ミーアだ!
それは僕らの合図で、一瞬にして身体に火をつける。
芝生は汚れ、湿った煉瓦は冷たい。
「また会えてうれしいわ」
黒に包まれた彼女のただ一点鮮やかな唇からは、アルコールの匂いがした。


「愛しい人」
2022年1月


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