うそつきは真実を口にした

冗談のつもりで別れよう、なんていった。彼女は一瞬驚いたような顔をして、カレンダーを見てすぐに怒ったように頬を膨らませてぽかぽかと自分のことを殴り始めた。
「エイプリルフールだからって、ついちゃいけない嘘もあるでしょ!!」
「でも、エイプリルフールについた嘘は実現しないっていうよ?」
「それでもだめ!!」
そういう彼女の様子に、自分は二つ返事で軽く返したのだ。エイプリルフールについた嘘は実現しない。結局のところそれも迷信であったのだが。
「……」
目の前には一つの墓、墓に刻まれた名前を見て涙がこぼれた。あの時、彼女の話をちゃんと聞いていればこうはならなかったのだろう。
(あの時、俺がちゃんと話を聞いて謝ってれば喧嘩もしなかった)
彼女は四月一日のエイプリルフールの日に交通事故にあってそのまま息を引き取った。交通事故の原因は自分と彼女の、本当に些細な嘘に対する喧嘩だった。そもそも、嘘を嫌う彼女にエイプリルフールだからと嘘をついてしまったのもいけなかったのかもしれない。自分が二つ返事で軽く返した後、すぐ直後に彼女は大変ご立腹といった様子で同棲中の家を飛び出した。そして家からさほど遠くない交差点で信号無視の車にはねられた。運転していたのは高齢の男性で、アクセルとブレーキを踏み間違え、加速する車に引きずられ、即死だった。裁判は今でも続いているが、相手は車の異常を訴え、出そろってる証拠を頑なに認めようとしなかった。彼女がいつか言った嘘が大嫌いだという話を思い出し、どこか他人事のようにその話の意味に納得がいった。
どんなことがあっても、ごまかすために嘘をつけば人が傷つくことになるのだ。
「嫌い、だなぁ」
別れよう、なんて迷信を信じて伝えた結果、彼女を怒らせて反省せずに軽く流してしまったことが原因でさらに怒らせ、結果的に関係を解消するよりもさらに最悪な別れを迎えてしまった。嘘も、彼女が嘘を嫌った理由を今更知った自分も、嫌いだ。
「もう、すべて捨ててしまおうか」
そう考えた自分は彼女の墓がある霊園を後にし、近くの海岸へと向かった。太陽に照らされて熱くなった砂浜に履いていた靴を置き、波打ち際に立つ。ひんやりとした感覚が足元から伝わってくる。一歩一歩進めば、少しずつ押し返す力が強くなり、動かす足が重たくなっていく。気づいたころには水面が腰あたりまで来ていた。
「うわ!?」
突然波に足を取られて転ぶ。その場で倒れこむようにして海に沈めば、突然のことで脳がパニックを起こしたように呼吸しようと口を開き、しょっぱい味がした。起き上がろうとしてもがけばまた波が押してバランスを崩す。しかも今度は足が引っ張られているように感じる。慌てて足元を見てみれば白く、細い手が足首をつかんでいた。それを見た瞬間、なぜか抗う気が起きず、そのまま波の流れに身を任せた。相変わらず肺に水が入り、気管支を水が通る苦しみは続いたが、そんなことはどうでもよかった。
(あれは、迷信じゃなかったのか)
エイプリルフールについた嘘は実現しない。暗くなる意識の中、自分はそんなことを考えていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?