人間と猫

うちの近くに野良猫が住み着いた。牛のような斑が特徴的なかわいい猫。せっかくだから数日間様子を見てみようと思う。

一日目
よく晴れた日だった。真夏日が続くこともあってなかなか暑い日が続いている。猫はというと家の裏、日陰になっているところで丸まって涼んでいた。こっそりと様子をうかがっていたつもりが、気づかれてしまったようだ。猫はどこかへと去っていった。

二日目
昨日よりも暑い、晴れた日だった。猫も昨日と同じところで丸まっているが、少し元気がない。夏バテだろうか?実家から持ってきた、もう使っていないかわいらしいキャラクターの描かれた小皿に氷を二つほどいれて気づかれないようそっと置いておいた。夕方になってもう一度見てみると、皿の中に少しだけ水が残っていた。

三日目
台風が近づいているらしい、風が強く、空は曇っていた。猫はというとあまりにも風が強いからか家の裏ではなく、物置の下に隠れていた。よく観察はできなかった。近くのコンビニに行ったら、ふと猫用の缶詰とチューブ状のペットフードが目に入り、なんとなく購入してしまった。動物などは飼っていないので昨日氷を入れていた皿に猫缶の中身を盛り付けて物置の目の前に置いた。

四日目
昨日よりも風が強くなっている気がする。晴れているはずなのに少し雨が降っていた。狐に化かされているような天気に気味悪さを覚えながら物置の前に置いていた皿を見てみると、缶詰の中身はきれいになめとられていた。猫は相変わらず物置の下にいるようだった。

五日目
台風が来た。外は大雨に強風、時たまビニールが飛ばされて家の窓に張り付いている。ひっくり返り、まともに機能していない傘をさして何とか出社しようとしているサラリーマンをしり目に物置の様子をうかがっていた。まだ物置の下に隠れているのだとしたら心配だ。この日は結局夜中になるまで台風は過ぎなかった。

六日目
台風一過、とはこのことを言うのだろう。昨日の悪天候とは裏腹に外はピーカンで、アスファルト上にできた水たまりにきれいな青空が映り込んでいた。物置の下を見ると猫はいなくなっており、また一日目のように家の裏の日陰でくつろいでいた。先日かったチューブ状のペットフードを上げてみれば少しにおいをかいだ後、ぺろぺろと食べ始めた。どうやら、それほど警戒はされなくなったようだ。

七日目
今日からお盆ということもあり、実家に帰宅するために荷物をまとめる。猫はというとなぜか家の窓からこちらの様子をじっと見つめてくる。まるで連れて行ってほしいと言わんばかりの黄色い瞳に少し後ろめたさを感じながらも、自宅の駐車場に止めてある軽自動車へと荷物を詰め込んだ。謝罪の代わりに、猫用の煮干しと猫缶を例の皿に盛りつけて逃げるように自宅を出た。猫はずっとこっちを見たままだった。

八日目
お盆最終日となり、実家から帰ってきた。ある程度紫色に染まった空を眺めながら玄関に茄子に割り箸を指しただけの簡単なつくりの牛の置物を飾った。本当は家に出るときにキュウリの馬も飾ったほうがよかったのかもしれないが、誰もいない家にご先祖様を迎え入れるのも何か変な気がしたので牛の置物だけにした。猫は相変わらず窓からこちらの様子を見ていた。皿の中身は、なぜか煮干しだけ残されていた。

九日目
空は曇っていた。昨日の夜、夢の中で久しぶりに祖母にあった。また来年ね、なんて言いながら祖母は牛に乗ってどこかに行ってしまった。言いたかったことがたくさんあったはずなのに、なぜか口は動いてくれなかった。そういえば、と思って猫を探してみる。家の裏の日陰、物置の下、準備中にこちらを見ていた窓の下。猫はどこにもいなくなっていた。

十日目
どこを探しても猫は見つからない。朝はピーカンだったのに、猫を探しているうちに日はどんどん傾き、夕方ごろになると突然曇りだして大雨が降り始めた。夕立に濡れながらも探したが、結局見つけることはできなかった。

十一日目
あの後、結局猫を見つけることはできなかったうえに風邪をひいてしまった。熱に浮かされながらもやはり考えることはあの猫のことで、どこに行ってしまったのかと心配になってしまう。風邪が治ったらすぐに探しに行こう。
十二日目
熱がなかなか下がらず、台所に水を飲みに行くと実家から電話がかかってきた。出てみると体調を心配する電話だった。なぜ風邪をひいたことを知っているのか聞いてみれば、今朝、母の夢の中に猫が出てきて教えてくれたらしい。その猫の特徴を問いただしてみると牛のような斑をしていたらしい。この時、母が何かを言っていた気がするが熱でぼやけた頭では理解することができなかった。

十三日目
夢の中に、あの猫が出てきた。牛のような斑の、トパーズのような瞳をしたあの猫。こちらを見てにゃあお、と泣くとどこかへ走っていく。慌てて追いかけてみれば懐かしい匂いのする老婆がロッキングチェアに腰かけており、猫はその膝の上に飛び乗った。老婆がゆっくりこちらを振り向き、驚いたように目を見開く。しかしすぐに怒ったように声を荒げた。
「こっちに来るんじゃない!!さっさと元の場所に帰りなさい!!」
そういわれた瞬間にハッと目を覚ました。熱はいつの間にか引いていたらしい。夢のことを思い返していると、昨日母に言われた一言を思い出した。
『そういえばおばあちゃん、あんたが小さいころに同じような模様の猫ちゃんを飼ってたわねぇ』

十四日目
熱は引いたが、念のために病院に行くとインフルエンザだったらしい。夏にインフルになるなんて珍しいですね、なんて医者に言われてしまった。また熱が上がったりしても大変でしょうし、お薬処方しておきますね、と言われ、自宅待機命令が出てしまった。昨日の夢は、もしかしたら……そこまで考えて恐ろしくなって考えるのをやめた。

――――――

「あなた、なんであの子を連れてこようとしたの?」
とある場所で老婆が膝の上で丸くなっている猫を撫でながら話す。猫は素知らぬ顔で欠伸をし、しっぽを揺らした。どうやら答える気はないらしい。
「もしかして、私があの子の話ばかりしたからかしら……」
老婆はそう呟やくと猫を撫でる手を止めてしまった。猫はというとそんな老婆の考えを知ってか知らずか相変わらず丸まったまま、くつろいでいるようだった。
「私は、今はあなたがいるからさみしくないのよ」
老婆がそういえば、猫はピクリと耳を動かし、頭を上げた。
(……うそつき)
(あの人間の話をしてる時、ご主人はすごく寂しそうな顔してるのに)
(結局、僕じゃご主人の寂しさを消せないんでしょ)
じっと老婆を見つめる猫の目はそういっているように見える。しかし老婆はまた猫の頭をやさしくなで始めると口を開いた。
「そうねぇ、少し寂しいけど、あの子にはまだまだ長生きしてほしいのよ」
その言葉をきき、猫は気持ちよさげに目を細めながらもぼんやりと考えた。
(人間って、むずかしいなぁ……でも)
ご主人の願いなら、たまに様子を見に行って僕が新しいあの人間の話をしてあげよう。

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