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イーディス・パールマン『蜜のように甘く』を読んで

歳を取るのも悪くないな ☆☆☆☆☆

一冊の本と、ここまでエロティックな関係になったことがあっただろうか。
短編の一つ一つがあまりに甘美なものだから、読み終えたくなくて、途中何度も本を閉じた。
「沈黙を抱える者たちの視線が交差し、気高い光を放つ。
 胸に刻まれたその残像が、今も消えない。」
帯に書かれた小川洋子さんの言葉のとおりだ。普通の人々の普通のいとなみ、ささやかな嘘や嫉妬、裏切りや愚かさまでもが愛おしくて、忘れられない。

わたしは透明な猫か羽虫になってどの出来事も目撃したように思う。どんな小さな変化も決して見逃さないよう息を殺し全身をセンサーにして、それぞれの場所にいた。目撃者は共犯者になった。

パールマンの文章に漂う蜜の香りは、人の記憶に直接作用する。
たとえば、『幸福の子孫』はたった8ページの物語。でも、読者は70年の歳月を旅するのだ。わたしは最初の三行で、写真家W・ユージン・スミスの『カントリー・ドクター』を連想した。あの誠実そうなドクターが小さな女の子を連れている。もっとも、物語のほうのドクターは内科医で、往診の様子もずっと牧歌的だけれど。
どの短編も、初めて読むのにどこか懐かしい。けれど、結末は予測できない。最初の三行で引き込まれ、最後の二行で涙ぐむ。

パールマンのタイトルのつけ方、固有名詞、ブランド名や商品名の使い方が好きだ。気品があってセクシー。情事の濃厚で洗練された描写にも息をのんだ。

前作『双眼鏡からの眺め』(2013年, 早川書房)も素晴らしかった。でも、今作はさらに親しくintimateに感じられた。わたしが大人になったのかもしれない。この七年のあいだに多くの人を見送って、いまは老境の登場人物とも同化できる。きっと人生の機微を知るほどに深く味わえるようになる作家なのだ。
だとしたら、歳を取るのも悪くないな。 (^-^*)♪

イーディス・パールマン、1936生まれ、表紙の写真の女性。憧れる。
しっとり美しい翻訳はさすが。丁寧なルビと文中の註もうれしい。


『蜜のように甘く』(Honeydew: Edith Pearlman)
  亜紀書房, イーディス・パールマン (著), 古屋 美登里 (翻訳)

この夏は、双眼鏡からの眺めも、もう一度読んでみよう。


以上、mixiの日記 から写しました。💕


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