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旅っぽいことを考えたりしてみる

はりいしゃという名前の家を出て、「蒲生」というバス停に来た。5分ほど前にバス停に来たはずだが、定刻になってもバスが来ない。時刻表を確認してみるが、間違っていないはずだ。まあ、そのうち来るかなと思って待ってみる。水の音が道路の側溝から聞こえる。山からの水が常に流れているのだろうか。水の音はいい。いつ聞いても水がそこにあることを伝えてくれる。

バス停の標識は手書きである。3本の水仙の花と、夕日のような赤い丸が緑の地平の上に配置されている。自然物が象徴的かつ平坦に描かれると、ヨーロッパの紋章のようだ。

遠くから大きな車が近づく音が聞こえる。振り返ると、思ったよりもずっと遠くからバスがやってくる。じっとバスを見つめる。だんだん近づいてくる。田舎でバスを待つ醍醐味は「ついに来た!」という喜びが得られるところのように思う。

車内は窓が多く、明るい。前方左側の窓は正方形に切り取られている。フレームの中には昨日よりも少しだけ穏やかな、でもまだ荒々しい日本海が広がっている。画家だったらこういう海を描きたいと思うのかしら。などと旅っぽいことを考えたりしてみる。

旅してるなあ。

濃いめに淹れた緑茶のような海に白波がザバーン。白波は泡立ち、波の華が舞っている。昨晩誰かが、波の華はプランクトンの死骸なんだよと教えてくれた。ちょっと知りたくなかったかもしれない。

乗客は私だけ。運転手さんも乗客がいて驚いたのかもしれない。
越前海岸を北上していく。岩が海に迫り出し、岩と海のあいだに道路がへばりついている。トンネルを抜けると、集落があり、また次のトンネルを抜けると集落がある。

二、三の集落を抜けると、おばあさんが乗り込んでくる。茶色のダウンロングコートを着て、黄色いチェックの襟巻きをしている。S字フックを取り出し、手すりにカバンを掛けようとしているが、うまくS字フックがかからず、荷物が掛けられない。おばあさんはS字フックをかけることを諦め、手にS字フックを持ったままバスに乗り続けた。

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