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『銀座で逢ったひと』に見つけた過去の自分の時間

ご存知、「銀座百点」の中のエッセイ「銀座で逢ったひと」の単行本化。最近は銀座を歩くのも年に数回程度になってしまいましたが、祖母・父・母ともに銀座にはよく連れて行ってもらったものです。その際必ずお店の人に戴いたっけ。そうそう祖母の句が掲載された版も何回かあった。この本は2018年からの掲載分の抜粋みたいですが、そんな意味でも書かれている空気には懐かしさ一杯。

目次抜粋

「文学者の章」・「歌舞伎役者の章」・「女優の章」・「俳優の章」・「落語家・画家・音楽家の章」・「特別編」

ってもうこれだけで読みたくなりません?そしてその期待を裏切らない内容でした。

 ドナルド・キーンさんが、日本文学と関わるようになったきっかけは、ニューヨーク タイムズスクエアの古書店で49セントで買ったウェリーの英訳版『源氏物語』で、後に谷崎潤一郎の『源氏物語現代版』よりも優れていると文芸誌に書いたとか。

 ちょっとだけ脱線するとこのウェリー訳を日本語に訳しなおしたのは私の仏文同期毬矢 まりえさんと詩人の妹さん 森山 恵さん。恵さんは先日『ノブレス・オブリージュ』の書評を朝日新聞に掲載されていた人。

 愛の逃避行・・って言ってももう知らない人の方が多いかもしれませんが樺太からロシア領に駆け落ちした岡田嘉子さん。わずか三日後にロシア兵に逮捕され、岡田さんは10年収容所生活、相手の杉本良吉が銃殺刑に処せられたことを知ったのは50年後の事、という話ですが、(あんな大胆な事を)「どっちが言い出したんですか?」なんて聞いたりもしています。

 戦争の末期、敗戦色が濃くなってきた時に、お兄さんが大好きな妹が、昔捨てられていた子だと母親に言われる。血縁関係がないから「お兄ちゃんの事を好きになってもいいんだよ」と聞いたとたんに「お兄ちゃんに会いに行く」と海軍兵学校まで出向いたのが8月4日、途中で広島で一泊した事までは判っているというそのお兄ちゃんが早坂暁さん。

 桂米朝さんが紹介している「まめだ」(マメタヌキ)。いたずらが過ぎたタヌキのまめだが怪我をしてしまい、男の子になって銀杏の葉を持って貝殻に詰められた膏薬を買いに来る。ある日来なくなったと思ったら寺の境内で貝殻を身体にいっぱいつけて死んでいた。これを哀れに思った男が和尚さんに「やすもんのお経でいいからあげたっとくなはれ」 そこに秋風がさっと、銀杏の葉がまめだのところに吹き寄せられる。

「見てみなはれ、仲間から仰山、香典が届いたがな」。

銀座って確か銀杏の樹も何本かあった筈で、その葉が道端のところどころに溜まっているのを冷たい空気の中白い息とを吐きながら見た経験が蘇ってきました。

改めて思うんだけれども、多くの人生の背景となっている銀座、あんなに多くの人が集まるのに決して気が穢れる事もなく、皆精一杯生きている。やはり特別な場所なんですね。

「春浅し まだ行き逢えぬ 人はどこ」

(書中に紹介されていた岸田今日子さんの句)


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