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【2,323】ポール・バーホーヴェン監督の10年ぶりの長編「Elle」

昨日書いた通り、午前中に優先事項を全て片付けてから、仏独白合作映画「Elle」を観てきた。

近所のラメルに行ったのはかなり久々だったが、いかにもインディペンデントな作品のポスターが多数貼られていたり、立て看板があったりと、雰囲気満点さが相変わらずだった。

着いた時間がギリギリだったので予告編の大半を見逃したが、まあこの作品、冒頭いきなり衝撃映像なので、本編に間に合って良かったわよ。

オランダはアムステルダムに、戦時中の1938年に生まれたポール・バーホーヴェン監督(Paul Verhoeven)の名を私が覚えたのは、初代ロボコップを観た時から。

彼が生み出す作品の数々は、これでもかとばかりにリアルな暴力と俗物描写に溢れていて、深作欣二と共に、戦争体験者のフィルターを通して映画製作に携わるという部分が、自分にとっては大きな魅力となってくれた。要は、「この監督は他では絶対観られないものを、観せてくれる」。

作品によって、整合性があったり無かったりする辺りからも、世間の流れとは無関係に自己表現を追求している孤高の作家性を、私は感じたものだ。商業映画史上に残る最低作として名高い(?)「ショーガール」だって、肉欲まみれの駄目人間たちが悪あがきする光景を通して逆に活力ある人間味を醸し出していた点で、私の目には、他に類を観ない快作として映ったものだ。

そんなバーホーヴェン監督の、実に10年ぶりの長編、それも監督にとっても初の全編フランス語の大作ときたら、個人的に食指が動かないワケが無い。

結論から言うと、この監督に期待する全ての要素が詰まった、暴力的で、下衆な色欲に溢れ、常識的な感覚を壊される倒錯さに満ちつつ、頭を使わせて常に緊張感を強いる、えげつない密度の傑作だったと私は思う。

主人公のミシェールを演じる祖国のベテラン女優、イザベル・ユペール(Isabelle Huppert)が作品の中枢となっていて、今年で63歳にも関わらず大胆に脱いでは感情を爆発させて、と、年齢をまるで感じさせない凄まじい体当たり演技ぶりが先ず、本編を観終わってからも、鮮烈に記憶に残る。

そしてそのミシェールに関わってくる周囲の人々もまた、歪んだ人間性をスクリーン上に露わにするのが得意なバーホーヴェン監督らしい、醜悪且つ癖があるが決して非現実的ではない説得力を運んで、物語自体をテンポ良く、前へ前へと進ませてくれるコマとして働いてくれる。

この主人公がどうなるのか、という部分で、表面だけを掬い取っての作品批判は当然、受けているのだが、ニューヨークタイムズ誌のレビューで「But first, let’s be clear: “Elle” does not glorify or justify rape.」と最初から明言されているように、バーホーヴェンの過去作品を通っているならば、これはあくまでこの広い世界のどこかで本当に起こりかねない人間ドラマを生々しく切り取ったもの、であって、問題提起ではないのが、すぐに分かる筈。

以前LAウィークリーが、TV向けドラマがレイプに関して曲解される5大要素というのを記事にしていたが、私の意見を明確にしておくと、女性が強姦される場面を露骨に見せるというのはフィクションであっても、そんなの普通に嫌悪感を抱く。

しかもそれが、単に男性視聴者の好奇心を抱くだけ、程度の目的だったら、そんなのは商業作品として問題外。0点モノ。

なのにこの「Elle」に関して、拒否感を抱かなかったどころか、今年あれこれ観た中では上から数えたほうが早いほどの面白さを感じられたのは、実にバーホーヴェン監督らしいというか、人間の持つ業の深さや因果といった部分にこれでもかと踏み込んではそれをデフォルメし、生々しいのだけれど絵空事としてギリギリ受け止められる世界観を作り上げ、且つ展開が読めないスリラー作品としての緊張感を終始保っていたから、なのだと私は思う。

この監督のこれまでの積み重ねを、撮影当時76歳にも関わらず、わずか10週間程の撮影期間で、ぶつけるだけぶつけてきた力押しぶりに、自然に圧倒された。

それに、監督自身が強姦を肯定していないのは、ニューヨーク名物のリンカーン・センターが発行している映画雑誌「Film Comment」で今年の1月に掲載されたインタビューの回答の一つ「...it might be erotic for the person doing it, but I don’t think that rape in general is something you would call erotic.」を読めば、容易く理解できるはずだ。

これの原作は、倒錯した性愛を昔から綴り続けてきたフランス人ベテラン作家フィリップ・ジアン(Philippe Djian)著で、2012年のアンテラリエ賞に輝いた「Oh...」。英訳はされていないので(誰かがアップした、というのは見つけたが、ダウンロード用のアカウントを取る前に変なスパイウェア仕込まれそう)、上記のインタビューで監督が触れている部分に頼るなら、映画はほぼ原作通りで、少しづつ主人公の周囲を照らして種明かしをしていくスタイルを取っているようだ。

ロッテントマトス上の評価がまた、極端に高くは無いけれど、観ているひとは確実に観ている、というのが正直に表れていて(特に総意における「Elle finds director Paul Verhoeven operating at peak power.」の一言)、数字的に妙に説得力がある。

今年で78歳の男性監督が、63歳のベテラン女優に、無理をさせるだけの無理をさせて、観終わってからあれこれ考えさせられる強烈な一枚絵を作り上げている辺り、ややもすると詰め込み過ぎ感が拭えなかった前作「Black Book」よりも焦点が定まっているように思える。

機会があればもう一度観たいし、バーホーヴェン監督の「まだ死なないどころか、隠居もしない」エネルギッシュさが、恐ろしいほど伝わってきた。この監督名だけで作品に飛びつくのであれば、これは必須のひとつだ。

その一方でこれは、この監督の入り口に、見事な役割を果たしているとも感じた。その辺の映画からは味わえない刺激を求めるならば、コレは観る価値、十分、あるよ。