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「皆さん、もうデジタルですよ」 DXとIT化の違いの話

IT業界のおじさんであれば、大抵誰でもデジタルトランスフォーメーションについては一言や二言は言いたいことがあるものです。新しいバズワードが持ち上がれば、「自分はこれがバズワードだってしっかり認識してますよ」と念押ししつつも、その話題を何度も擦り倒してしまうのが我々のサガなのです。こればかりはどうにもなりません。

で、デジタルトランスフォーメーション(DX)です。「人々の生活を根底から変える」とか「破壊的な変化に対応し、新しいビジネスモデルを確立する」とかっていう話だけなら何の新奇性もないのは明らかです。年をとった人間に対してなら尚更です。(IDCの「第3のプラットフォームを使う」という条件だけは新しいものですが、議論の整理には役立っても、DXが何故大切かということについては何も説明していません)。かくして我々は、かつて見送ってきたバズワードやバズワード未満ワード(eビジネスとか)をそこに重ね見て、何かを言わねばならぬ気になってしまうわけです。

ところで、ITおじさんにだけは長年お馴染みのトークテーマとして、IT敗戦史観というものがあります。「日本は」、SIerが多重下請けで暴利を貪ってるから駄目だ、とか、すぐ独自仕様を追求してしまうから効率が悪い、とか、現場が強すぎて変革できない、とか、経営者がIT技術を軽視してるから戦略的な投資ができない、とか、っていう奴です。経産省のその名も「DXレポート」は、この文脈とDXが真正面からぶつかって出来上がったものだと言えるでしょう。

私自身はこの種の「日本の独自性」は半分くらいは嘘というか、単純化が過ぎると思っていますが、ここでは深く立ちいりません。日本はIT化において遅れをとっている。日本は少なくともソフトウェア技術に関してはそれを活用するのが得意な国ではない。という認識から、一発逆転の期待も込めて今「デジタルトランスフォーメーション」が語られている、と言いたいわけです。そして、敗戦に疲れたITおじさんは、「そんなに簡単なもんじゃないよ……」「また同じ失敗を繰り返すのか!」という気持ちで、それ自身もまたどこかで聞いたような批判を繰り返すのです。アジテーションで儲けるタイプだとか、起業家マインドにあふれてるタイプでもない限り、大多数のITおじさんはDXに対しては冷めた態度に落ち着いてしまうわけです。(若者はその限りではないし、おじさんとして期待してるケースもちょくちょくありますが、それについてもここでは深入りしません)

少し前から、有名なエスニックジョークである沈没船ジョーク(タイタニックジョーク)を引き合いに出してDXと日本について説明しているのですが、私の語り口に積年のひねくれ者臭がこびりついているからなのか、まず日本社会に対する冷笑と捉えられてしまいます。沈没船ジョークとは、救命ボートが足りてない客船が座礁して沈没しようとしている時に、体力がある健康な成人男性に対してボートの席を弱者に譲るよう呼びかけるため船長はなんと言うべきか、というジョークで、アメリカ人に対しては「飛び込めばヒーローですよ」、イギリス人には「紳士なら飛び込んでください」、ドイツ人なら「飛び込むのが規則です」、などなど来て、日本人には「皆さん、もう飛び込まれてますよ」で落とす、というものです。イノベーティブな攻めのIT投資の企画においてもベンダーに前例を求める、などのIT敗戦史観に基づく典型的日本企業像とぴったりあった日本人ステレオタイプです。

しかし、ことDXに関して言えば、これはそんなに捨てたものではない状況だと思うのです。(ようやく本題に入ります)

競争優位を生む攻めのIT投資をして世界を変える! と意気込むのであれば、それは「飛び込めばヒーロー」の領域です。リスクをとってチャレンジすることを奨励する文化や仕組みをもつ米国と日本では勝負になりません。しかし、DXというのは(遅かれ早かれ)社会全体がデジタル化して行くというビジョンです。これまでは自社や自部門だけが一歩二歩先を行く投資を企画できても、「リテラシーが低いステークホルダー」理由(うちの社員はExcelもまともに使えない、とか、うちの取引先はFAX一本でやってる小規模店舗だぞ、とか)で絵に描いた餅とされて却下か骨抜きの運命を避けられませんでしたが、これからは自分達の外もデジタルが前提になるわけです。よそに迷惑をかけずに責任を全うするにはデジタル化が避けられない、という状況を作れば、デジタル化を進める議論は相当楽になるのではないでしょうか。(FAXにも対応しないといけないかも、ではなく、みんなが共通EDIに対応していたとするなら自分達はどうあるべきか、なわけです)

IT技術は大きな例外パターンに対応しようとすればする程、複雑で割に合わないものになっていきます。また、アナログな現実世界とのインタフェースには人手が介在し、効率化を限定的にしてきました。そのどちらも日本企業のIT導入において丁寧に対応しすぎではないか、という批判があったものです。その価値判断が正しかったかどうかは、本当のところはわかりませんが、これまで中心的な問題とされていた部分を迂回できるようになった、という期待はあると思います。その思いを込めての「皆さん、もうデジタルですよ」のつもりだったんですが、伝わるわけないですよね……


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