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【小説レビュー】『薔薇の名前 下』ウンベルト・エーコ

苦行から解放されたような気分が、無いとは言いきれない。それぐらいこの本を読むのは大変だった。でも、それ以上にめちゃくちゃ面白い物語を読んだという高揚感がある。

この物語はとある僧院で次々と起こる事件を、ウィリアム修道士と弟子の見習い修道士アドソのコンビが解明しようとする探偵モノのミステリーである。この探偵モノのミステリー部分に加えて、宗教とそれをめぐる歴史や争いの記述が膨大にある。この中世の修道院という特殊な舞台で繰り広げられるミステリーの面白さと、馴染みのない昔のキリスト教の難解さが、分厚い上下巻に詰まっている。

上巻では事件の触りの部分だけで、宗教の説明にも馴染めず、これは大変な本を読み始めてしまった……と自分の読書レベルに合っていない本に悪戦苦闘した。しかし読むのを止めなかったのは、それでも面白くて読みたかったからだ。
下巻はめちゃくちゃ面白い。まず、上巻以上に色々な事が起こる。最後にはもちろん事件の謎はすべて明らかにされる。起伏に富んだストーリーだ。
ウィリアム修道士とアドソは、相変わらず良いコンビで事件の謎に迫る。しかしアドソがウィリアムに反発したり、追い込まれて冷静なウィリアムの感情的な部分が見えたり、キャラクターがより深く明らかになる。賢明ゆえに冷酷に思えていたウィリアムが、実は心を痛めていたが自分にはどうにもできないと賢明ゆえに見通していただけなんだなと、感情を爆発させた時に垣間見えたりする。若きアドソにとってウィリアムのような聡明な師との出会いが大きな出来事であったのと同じくらい、ウィリアムにとっても若く純真で熱心なアドソは得難い弟子であっただろう。

下巻にはさらにライバル探偵のようなキャラクターも登場する。面白いのが、他の作品のような無能なライバル探偵ではなく、彼はとても優秀で、自分の仕事をやり遂げる。その上でウィリアムとの対立構造が維持される。これは本当に良くできたミステリーだ。王道のような謎解きもたくさん含まれているし、珍しい対立構造まであって、この本がミステリーとして評価されている事がよくわかる。

相変わらず、宗教に関する長尺の描写は多い。上巻に続いて、読み飛ばしはしなかったが理解できなくても諦めて先へ進む方針で読んだ。これにはやはり苦心したが、アドソの乱痴気な夢の描写なんかは難解ではあるものの笑ってしまうような部分もあって、読み飛ばさなくて良かったなと思った。ストーリーに関連する部分もあるが、関連しないというか蛇足部分も多く、これがなければもっと色々な人に読みやすい本になっただろうと思う反面、これがこの本の面白さでもあるとも思える。

これからこの本を読もうとしてこのレビューを読んでいる人がいるならば、大変だけどめちゃくちゃ面白い事だけは保証する。私は最後に師弟関係に思わず涙したほどに、この物語にのめり込んだ。

『薔薇の名前 下』 4.0

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