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【小説レビュー】『郵便配達は二度ベルを鳴らす』ケイン

この本の感想を誰かと語らうとしたら、最初にきっとみんな同じ話をするだろう。読み終わった瞬間に「郵便配達登場しないんかーい!」ってなったよね、という話だ。さすが90年も前に書かれた小説は自由で良い。
タイトルと中身が関係ない理由が知りたくて、普段はめったに読まない解説や訳者あとがきまで読んでしまった。一応その中で理由は語られているのだけど、やはりそれを聞いても体を表す名を付けておいた方がよかったのではないかと思った。しかしこの小説の中では「二度」起こる事が大事な要素だという訳者あとがきはなかなか興味深く、読んで納得した。

言われてみれば、この小説では重要な要素は二度登場する。そういう仕掛けに気付かなかったほどに、押し付けがましくなく物語の中に自然に意図が織り込まれている。それも含めて、色々なものが巧いなぁと感じる。
小説の中では計画殺人が描かれる。それが練られたところもあるし、しかし緻密すぎて現実離れすることもない、絶妙なリアルさだ。その後行われる裁判も、色々な人間がだまし合ったり自分の立場を守ろうとしたり駆け引きした末の絶妙な落としどころに着地する様が見事だ。事件や裁判の中に含まれる偶然も、この程度の偶然なら起こり得るだろうというちょうど良い塩梅だ。
さらに主人公とその恋人の心の動きがきちんと描かれていて、納得感がある。確かにこれは燃え上がるな、確かにこれは冷めるな、疑心暗鬼になるな、など共感している訳ではないけど心の動きを追えるので共感しているのと同じくらい臨場感がある。
状況の描写と心理描写のバランスの良さも、巧さを感じる点だ。これだけの世界観を短い中編に収める物語の切り取り方も素晴らしい。事件部分でサスペンス、裁判部分でミステリーを楽しめる構造も巧い。

『郵便配達は二度ベルを鳴らす』はハードボイルド小説の初期の名作として引用される事が多く、それで名前を知った。解説によると著者のケインはハードボイルド小説とカテゴライズされる事を嫌ったようだが、いちハードボイルド小説ファンとしてはこの本をハードボイルド小説として楽しませてもらった。確かにこの主人公はタフではないし、個人的にはあまりカッコ良さも感じていない。しかし語り口の切れ味の良さにハードボイルドを感じた。

刊行直後には暴力描写・性描写の過激さから一部地域で発売禁止になったというのも今では信じられない。確かに暴力も性も描かれているが、現代の基準で言うと決して過激な方ではない。その事実に、昔は興奮剤だったチョコレートを現在ではお菓子として日常的に口にしているのに似た、強い刺激を日常的に浴びている現実を感じてしまった。

『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 3.0

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