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4月27日 ニューヨークの未来を想像する

この7週間、山の中で隔離しながら、自分が21年住んだニューヨークの様子をデジタル回線を通じて知る、という生活をしてきたが、諸事情あって、急にブルックリンに一瞬戻ることになった。

ちょうど連絡を取っていた近所の住人ジュディにそれを告げると、「ソーシャル・ディスタンシング・デートしよう!」と返事があった。

マンハッタンを通過して、ブルックリンに入る。天気の悪い平日の朝、街は完全に死んでいる、仕事場とアパートでそれぞれ用事を済ませ、車に荷物を積み込んだ。外に出ているのは、買い物袋を持つ人、犬の散歩をする人、ランナー、運送業者、警察、医療関係者、ホームレス、何が起きても外をうろついているいつもの面々。うちの近くには、ハーフウェイハウスというものがある。リハビリや刑務所から帰ってきた人が社会復帰をするプロセスの途中住む場所ということになっているが、長年の住人もいるようで、いつも見かける顔がいるのだ。マスクをしているではないか!と感心したり。なぜか裕福そうな白人の家族がマスクをしていなかったり。

道の脇に積んである粗大ごみの山を何度か見かけた。そういえばスタジオメイトのスコットが、「よく引っ越しのトラックを見かけるんだよ」と言っていたっけ。

家を出て、近所に暮らす友人ジュディ・ローゼンの家の前まで行った。朝方、テキストメッセージを交換していて、「ソーシャル・ディスタンス・デートしよう」ということになったのだ。ジュディの家の前に車をつけたタイミングで、ちょうど戻ってきたジュディの車が見えた。マンハッタンのショップに物を取りに行ったついでに、ファーマーズ・マーケットと、食材を売り続けている<マーロウ&ドーターズ>に行ってきたのだという。ジュディはオンラインで商売を続けながら、作品作りに夢中で「I am crafting my brains out」と目を輝かせている。ロックダウンが始まった頃、ジュディは体調を崩した。保健所に電話をして症状を話すと、コロナウィルスだろうと言われたが、病院に行く前に自力で回復した。ラッキーなケースだったということが、今わかる。「マンハッタンで、今、外に出ている人は、メンタル系ばっかり」。店のすぐそばの道でマスターベーションしている人がいたという。「ストリートのど真ん中で!」

そういえば、ストリートのど真ん中でホームレスがマスターベーションする光景が、珍しくなかった時代があったのだ。私がやってきた当時のニューヨークは、まだ80年代の荒廃から抜けきっておらず、なかなかラフな場所だった。あれから、同時多発テロ直後やリーマンショックなどの不景気はありつつも、基本は、どんどんきれいで高い街になり続けてきた。コロナウィルスは、その方向性を変えるだろう。

不動産市場はガタガタだ。アパートの内見は、バーチャル・オンリーだし、世界一のホットスポットに今わざわざ引っ越してくる人は少ないだろう。家賃相場はすでに下がり始めている。

5月1日には、家賃のストが行われるという。

家賃を払うのをやめた人たちがすでにいる。交渉して断られた、という人もいるけれど、この状況はまだまだ続くだろうし、この後の不景気やさらなるアウトブレイクの可能性を考えると、このままソフトランディングするとは考えにくい。いろんなことが交渉可能な時代が始まったのだと感じる。友人のひとりは、通信料金、公共料金、家賃のすべてを支払うことをやめたという。支払いの遅延を理由に、こうした本質的なサービスを止めることは禁止されているし、多くの企業が「料金を払えなくても、サービスは止めません」と宣言している。「最終的に、借りが増えるだけだから払う」派も多いけれど、彼は「その金額はプールしておいて、3ヶ月後の世界の様子を見て交渉する」と強気だ。前2回に経験したクライシスのさなかにも、世の中で様々な交渉が行われ、負債が縮小したり、免除されるということが、軽財界から駐車場まで、社会の隅々で起きていたな、と思い出した。

コロナウィルス禍を抜けたあとのニューヨークは、すっかり姿を変えているだろう。70年代、80年代の姿に近くなるだろうという予想がある。(下のリンクは、ブルームバーグが出したニューヨークが安く、若い都市に変貌するだろうという内容の記事)。

私もそれに賛成だ。パンデミックの可能性が、おそらく今後の社会に恒常的に存在していくだろうと考えると、混雑した大都市に住むことの魅力は必然的に下がる。特に富裕層は、ニューヨークを脱出するだろう。リモートワークが可能だということが証明されてしまった今、オフィス空間の概念も変わるだろうし、オフィス空間自体が縮小するだろう。

自分がニューヨークに暮らしてきた21年間を思い出しつつ、ニューヨークの未来を想像してみたら、ウィルスと共存する世界の恐ろしさはおいておいて、その姿はそんなに悪くなかった。もうここ何年も、「これが持続可能なはずがない」と感じてきたのだから。


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