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日記:1月26日〜2月1日 ニューヨーク、東京

*日記を7日分ずつまとめて配信しています。初月は無料です。

1月26日

 気がつけば、日本への出発があと3日後に迫る、最後の日曜日である。日本に出る前にヒップ2を書き終えるつもりでいたのだが、書いたことが面白いのかどうか、つまらないのではないかと、すべてを疑問に思ってしまうフェイズに入ってしまい、それが延々と続いている。どういうことだ。本を書く、という作業の中で終盤に必ず起きるやつだが、けっこう辛い。
 関連する記事を、いろんな媒体で見ていたら、ポップアップのビデオストーリーが登場してきて、消そうと思ったところで、出演者が友人シャカ・シャンゴールであることに気がついた。今は、LAにいるはずで、もう何年も前に、ジョーイに紹介されたアクティビストである。最近は、司法改革を訴えて文筆活動や公演をやったりしている。Sakumag zine vol. 3のデトロイト号にも登場する。


しばらく会えていない遠くの友達には、こういうチャンスに連絡するに限る、とテキストをした。
 How are you?
 数秒以内に戻ってきた返事は、「オレは元気だけど、コビー・ブライアントのことでハートブレイク」だった。ん?と思ったら、コビー・ブライアントが亡くなった、というニュースが入っていた。もしかしたらシャカはコビーと友達だったかもしれない。
 スタジオをシェアしているスコットに、コビー・ブライアント亡くなったらしい、というと、Shit!と大きな声をあげている。バスケの世界は遠い遠い世界のようでも、スターが亡くなることは、ブルックリンのアーティストにとってもショックなことなのか、とハッとする。正直、私はバスケにも、遠くの大スターであるコビー・ブライアントにそれほどの思い入れはないし、「亡くなった」と聞いて、すぐに思い出したのは、レイプ裁判だった。あのとき、被害者が警察に行ったとき、首を絞められたと言っていて、首に痣が残っていたのにも関わらず、コビー・ブライアントは、同意のセックスだったと主張した。刑事告訴されたけれど、被害者が法廷に出ない道を選択したため、コビーは裁かれなかった。そして、女性器には乱暴された痕跡が認められたにもかかわらず、被害者は、過去の男性との交際歴や精神病歴をあげつらわれて言われたい放題の目に遭った。最終的に二人は和解した。
 多くのレイプの被害者が名乗り出ないのは、「信じてもらえない」と思うからだ。相手がスーパースターだったならなおさらだ。それにしても、コービーの事件が騒ぎになっていた頃と、今の空気感では、ずいぶん違う。
 ちょっと話は逸れるけれど、先日も書いたように、今、「アメリカを代表する父親キャラクター」だったビル・コスビーの多数のレイプを追いかけたジャーナリストによる「Chasing Cosby」を聴いている。


これを聴いていて衝撃的なのことはいろいろあるけれど、中でも唖然としたのは、ビル・コスビーは、被害者が警察に駆け込んだときには「同意」を主張したが、そのずっと前から、スタンドアップ・コメディのルーティンで、「女の子に薬を飲ませてセックスする」というジョークを使っていたというくだりである。薬を飲ませて性交に及んだことは認めながら、「同意があった」という。この感覚はよくわからない。


 元TBS記者の山口敬之も、伊藤詩織さんが主張するように、薬を飲ませたことは認めていないが、酔った伊藤さんを「なだめるような気持ちで」性交に及んだことは認めている。そして、その行為はレイプではないと主張している。男性器が勃起しなければ、性交することはできない。酔った女性の女性器に男性器を入れたーーそれは認めているのに、同意があったと主張する。同意という意味の定義が、私たちのそれと違うのだろうか。


 話を戻すと、コビー・ブライアントがヘリコプター事故で亡くなった。私の周りの男たちがショックを受けている。亡くなった人に砂をかけるような真似をしたいわけではないけれど、彼が女性をレイプしたということには間違いがないはずなのに、亡くなって、確実に美化されている。


 それよりなにより、13歳の娘と一緒だったという点に心が傷んだ。13年しか生きなかったのに、ある日、突然、人生というものが終わってしまったのだ。

本当に人生というものはわからない。自分はいつも「ある日突然人生が終わっても後悔しないように」と思いながら生きている。



 夜、東京にいるシェフのブルックスから連絡があり、電話で話をした。ニューヨークにいると、イースト・ビレッジのスペリオリティ・バーガーはちょっぴり遠いからなかなか行けない。早く東京でブルックスの作るヴィーガン・バーガーを食べたい。東京に着いたら、その夜、打ち合わせをする約束をした。今からジュルっと唾液が出る。

1月27日

 今日は夕方からOlaibi Aiちゃんがやってきた。何年くらい前だっただろう、私の女神、じゃいこちゃんの紹介でニューヨークで知り合い、そのご縁で、「みみはわす」というアルバムに、ライナーノーツを書かせてもらった。今、作っているというというアルバムの歌詞のことで相談があるというので、うちに遊びに来る?と誘ったのだった。
 私のコンプレックスのひとつに、ポエトリー(詩)を書けないという問題があるのだが、ある素材を加工するのはわりと得意なので、人の手伝いをするのは大好き。書き手がしっくりこない、というフレーズを、しっくり来るように変えていく。こういう言葉あそび的な作業は、頭の体操としてはおもしろいパズルのようなものなので、自分を追い詰めていた執筆作業から一歩離れることができたのは良かった。
 夕方から二人で作業をしていたら遅くなったので、ご飯を用意していなかったことを悔いる。あと数日で出てしまうので、冷蔵庫の中身をさらう作業に入っており、まだ残っている野菜をぶちこむだけの簡単なものをあいちゃんに食べさせてしまう羽目に。
 作業が終わってからはあいちゃんとしばらくおしゃべり。鳥取の大山に家を手作りで建てて住んでいるあいちゃんと、話題になるのはやっぱり環境や気候変動のことだ。

プラスチックゴミの話、それを減らすためにエコバッグを持つことの限界の話。もちろんプラゴミは減らしたい。エコバッグも必要。だけど、エコバッグで自己満足に陥ってはいけない。エコバッグを使うことで解決できることは、全体的な気候変動を見たら、とても小さいことなのだ。
 これはけっこう大きな問題で、自分が今本で書こうとしていることにもつながる。散々いろいろ調べている自分としては、正しい知識が広がっていないと思うこともよくある。課題は多い。


1月28日 

 朝起きたら、文藝春秋から増刷の知らせ。嬉しいことではあるのだが、このタイミングかよ?とは思ってしまう。ずっと、市場在庫があるから、と言われてきた。また、〜〜〜部は刷らないとコスト的に見合わないから、と言われていたのより、少ない増刷冊数だった。年末から、1月下旬から2月上旬にかけて、ツアーを組んで準備をしている話は、文藝春秋にはずっとしてきたはずで、それには「足りないかもしれない。でもそれは営業部のジャッジですからご理解ください」と言われてきたのに、なぜこのタイミングで? 「佐久間さんの精力的な活動に報いることができた」などと持ち上げたすぐ下に、数日後に企画されている本屋博に出す本が4冊しかない、とシャラっと書かれている。お願いしていたのは30冊である。脱力しているところに、またすぐ「20冊出てきた」とメールがあったので、怒りメールを書くのはやめにする。怒ってもしょうがない、ということは、これまでの経験でよくわかっているので、淡々ととりあえずお礼のメールを送る。皮肉を言いたい気持ちをぐっと抑えて。
 出発前日はいつもかなりバタバタする。朝から、銀行に行き、車にガスを入れて、母が大好きなコーヒー豆を買い、スタジオへ。
 朝方のニュースで、ジョン・ボルトンが発売直前の本の中で、トランプがウクライナに交換条件を出していたことをがっつり証言しているという内容の爆弾記事がニューヨーク・タイムズから出た。ボルトン、ディックやなあ。下院の弾劾手続きでは証言しないと思わせておき、それが終わったところで証言してもいいよという態度を示し、このタイミングで本を販売する。ニューヨーク・タイムズが、その抜粋を、上院で行われている手続きが終わろうとするところで発表する。映画か!(って、本当にここのところ、毎日思っている)

 そして、コビー・ブライアントの訃報に、過去の性的暴行についてのリマインダーをツイートしたワシントン・ポストの女性ジャーナリストが、さんざん嫌がらせにあったうえに、ポストから停職処分を受けて、物議を醸している。これにはジャーナリストたちが抗議の意を表明し、ポストは処分を取り消した。


 作業が立て込んでいるし、荷造りには手もつけていない。外は、北風がぴゅーぴゅーと吹いている。家に帰りたい気持ちを抑えて、近所の本屋WORDに向かう。
 なぜかというと、今日は、どうしても行きたいイベントがあるからである。コメディアンでミュージシャンのデイブ・ヒルの新刊刊行記念のトークショー。聞き手は、なんと「ティッピング・ポイント」のマルコム・グラッドウェルである。デイブとは、もう何年も前に、ミュージシャンのウォルター・シュライフェル(Gorilla Biscuts, Rival Schools)が、デイブとバンドをやっていたときに、ウォルターに紹介されて会ったことがあって、たまたま最近、WORDに本を買いに行ったときに、新しい本を出すのだと知った。デイブはオハイオ州出身のアメリカ人だけれど、祖父がカナダ人で、学校では「アメリカは世界一良い国です」と言われているのに、家に帰れば「もっといい国がある、それはカナダだ」と教えられてきて、今、大人になって、隣国カナダを探訪しにいく、という本、その名も「Parking the moose(ムースを駐車する)」だという。どんぴしゃの好みの本である。ちなみにトークは、本を買えば入場料無料。人気者の二人のトークだけあって、WORDの地下はパンパンの大入り満員だった。デイブにサインをもらいついでに、挨拶をすると、「おお、久しぶり!これから近所で呑むから来いよ」と誘われた。うーむ、どうしよう。
 とりあえず、電車に乗って、マンハッタンへ。なぜなら、ずっとエンジニアード・ガーメンツに勤めていたアンジェロが、ついに独立をして、新しいブランド4SDesignsを始め、それをパリで発表したのだが、ニューヨークのお披露目のイベントをやるということになっていた。会場は、ミッドタウンに奇跡的に残っている老舗のダイブ・バーで、足を踏み入れると、メンズウェアのイベントなだけに、男祭りである。


しばらく会ってなかった元FBIのエージェントで、<コリドー>というブランドをやっているダンが、最近、インドで見つけた工場の話を、興奮気味にしてくれた。なんとスクラップ生地(生産の過程で出る端っこの生地)だけを糸に撚り直し、染め直すことで生地にする工場だという。サステナブルの究極だ。サステナブルということが業界全体で叫ばれているのにもかかわらず、業界全体を見ると、サステナブル商品は、まだ1%程度だと言われている。こういう話はインターネットには出てこない。こうやって現場の人から話を聞くことが、いつもヒントになっている。出かけてきた甲斐があった、とほくほくしながら、グリーンポイントに戻る。
 デイブ・ヒルが呑んでいるというバーは、帰り道。デイブが買ってくれたビールを呑み、その場にいた人たちとおしゃべりをする。さあ帰ろうか、といったところで、女子の一人を口説くために、酔っぱらいのおっさんがやってきた。「興味ないの」と彼女が返事をすると、おっさんは「この中の男の誰かとできているのか」と詰め寄っている。どうして「おまえに興味がない」が「誰かとできているのか」につながるのかまったくわからない。
 ああ、また予定帰宅時間を過ぎてしまった。そこからのんきに荷造りをしていたらもう2時である。2時間だけ、仮眠を取ろう。

1月29日

 早朝4時に家を出て、スーツケースを車に積み、フラッシングのホテルの駐車場に車を停めて、飛行機に乗る。フラッシングは、中国人が圧倒的に多い地域である。コロナウィルスがニュースで騒ぎになっているせいか、空港までの送迎バスの運転手がマスクをしていた。
 乗り継ぎのミネアポリスに着いたところで、女友達のSから連絡があった。Sは、今、離婚をしようとしているところである。喧嘩をしたわけではなく、グローアパートした、という説明を受けていたが、よくよく聞いてみると、彼がずいぶんたくさんの嘘をついていたらしい。彼はベルギー人で、富豪の子息である。Sのおかげでグリーンカードも取得した。揉めたいわけではないけれど、彼が金銭的に大変だったときには金銭的なサポートもしてきた、ということで、弁護士を紹介してほしいと言う。もう何年も前に、私の離婚をてがけてくれた女弁護士の連絡先をシェアし、Sを激励して電話を切る。いつも、グリーンカードのまわりにはドラマがある。こういうストーリーは世の中にどれだけあるのだろう。


 機内で、原稿を書きながら、横目でOnce upon a time in Hollywoodを見る。チャールズ・マンソンのストーリーを思い出しながら。
 そういえばこの作品もなんか騒ぎがあったよね、と確認。

1月30日

 東京に到着すると日付が変わっている。飛行機を降りると同時に電話が鳴り、タクシーの中で、翌日からの本屋博の打ち合わせをしながら帰宅し、焦ってシャワーを浴びて、Superiority Burgerへ。
 12月15日に開店して、約1ヶ月半が経った。シェフのブルックス、日本のリーダー、そしてマネジャーと、今後の打ち合わせをしながら、ヴィーガンのバーガーを食べる。ああ、この味。恋しかったよ。持つべきものは、趣味と実益を兼ねた仕事である。
 打ち合わせから、アセアセと、作家のLilyとハル(真木明子)との待ち合わせへ。前回に帰ってきたときは、すれ違い、今回こそは、と先行でスケジュールを入れていたのだった。ハルとは、高校時代に同じ塾に行った以来の友達であるが、特にここ何年かはよく遊ぶようになった。リリと知り合ったのは、最初はTwitterだったけど、それを見て、ハルがリリを夜の席に連れてきてくれて、以来、すっかり仲良くなった。もう何年も前のことだ。
 前にも書いたけど、リリは最近、Twitterをやめた。その理由を本人から会って聞きたかったのだが、聞けば、HIPHOP界隈の「炎上」案件の前に、「原稿を書かなければいけないときにTwitterを見てしまう」という理由でやめていたらしい。Twitterは、商売には貢献しない。その割には、何か書くためにはそれなりに真剣に気を遣う。コストパフォーマンスが悪いのだ。その気持は私にもよくわかる。インターネットで見える風景と、本人から聞く話は、いつもまったく違う。当たり前だけど。


 そこから、私の炎上事件、ダメンズと恋愛をしてしまうことの分析などをしつつ、何度も大笑いして、楽しい時間になった。気がつけば深夜。明日から、本を売るのだった、と焦って帰宅。

1月31日

 今日は二子玉川の蔦屋家電が主催する本屋博へ。代官山の蔦屋書店の立ち上げ準備の頃、ニューヨークに買い付けにきていたことで、フライング・ブックスの山路くんに紹介された薬師寺ちゃんから、1年近く前に「トークに出てください」とオファーをもらっていた。トークの相手は誰が良いかね、と散々相談するなかで、こんな時代に、わざわざ紙の定期刊行物専門のオンラインストアMagazine isn’t deadを立ち上げた高山かおりさんが良いのでは?ということになっていた。

 数ヶ月前に、「トークはもちろん出るけど、本もついでに売れる?」と聞いたら、ブースの申し込みはもう終わっていて、けれど、高山さんが「よかったら」と言ってくれたことで、一緒に本を売らせてもらうことになった。高山さんは、オンラインストア立ち上げ以来、私のジンを定期刊行物として売ってくれている。けれど、ゆっくり話をするのは初めてだ。高山さんのブースに到着すると、右隣は、京都でトークをさせてくれたりしている恵文社さん、左隣も、駒沢で本屋スノウショベリングというかわいい本屋をやっている心の友しゅうくんと、楽しい仲間に挟まれて、なんだか楽しい。薬師寺さんも、高山さんも「佐久間さん、ありがとうございます」とお礼を言ってくれるのだが、楽しいとわかっているから来ているわけで、遊びに来たらお礼を言われる不思議な気持ち。



 二子玉川という保守的なイメージの場所で、私の本が売れるのだろうか、と戦々恐々としていたが、本好きの人たちがわんさかやってきて、本がどんどん売れていく。平日の午前中だというのに。今回ブースを出しているのは、40書店。3分の1は、オンラインだったり、フェアやイベントだけで展開する個人商店。大企業であるCCCが、インディペンデントの人たちをサポートする、ありがたいイベントである。
 しかし、それにしても、想像以上に寒くて、開店後2時間以内にユニクロに走る。大手の企業から物を買う、ということはなるべくしないように努めているのだが、これだけ寒いと背に腹は代えられない。メンズのヒートテックの最強(メンズのほうが暖かいという情報を得て)を購入し、トイレに走って、着替えをする。靴下がふたつセットだったので、驚くほど薄着だったかおりさんにひとつ進呈。
 知らないお客さんがたくさんやってきて、ときどき、知人友人がやってくる。黒鳥社のかわちょ(川村くん)の姿が見えたので、聞くと、イベントを知らずにたまたま通りかかったのだという。こういうの、本当に楽しい。遊びみたいな仕事である。
 知らない年配の男性が、ブースに遊びに来た。本の案内をしていて、「これは自分で出しました」と「みんなとマリファナの話をしよう」を指すと一冊買ってくれて、名刺を出してくれた。浅生鴨、と書いてある。作家さんのようである。不勉強ですみません、どんな本を書いてらっしゃるんですか?というと、「あっちの双子のライオン堂に僕の本も売ってるよ」と教えてくれた。そういえば、双子のライオン堂さんには、数ヶ月前に行ったのだが、店主の竹田さんは不在だったので、挨拶がてら行こう、と思い、その後、双子のライオン堂さんに、浅生さんの本を買いに行った。「だから僕はググらない」などいろいろあったけれど、「猫たちの色メガネ」を購入。プロフィールを見たら、震災直後にとても素敵だったNHKアカウントの「中の人」だったのか。なんだかほっこりした気持ちになった。


 それにしても衝撃的だったのは、31日の午前中必着でお願いしていた「真面目にマリファナの話をしよう」が届いていなかったこと。脱力である。蔦屋さんの担当者が電話をすると「トークに間に合えばいいと思った」的なことを言われたらしい。私は、何ヶ月も前から、このイベントで本を売るために、わざわざ自腹で帰国してるわけなんですよ、機会の損失をどう考えていらっしゃるのでしょうか?と慇懃ながら厳しいメールをする。
 おまけに、蔦屋さんの関係者と話をしていたら、「文藝春秋や新潮社の本は、仕入れのお願いをしても断られることがよくある、理由を聞いても『出せません』の一点張り」という。買いたいと言ってくれる店があるのに、その対応はなんだ、と呆れてしまう。なんなんだ、それは。ちなみに文藝春秋の営業部は、私のイベントに来たことがない。ほかの出版社ではそんなことはこれまでなかった。そんな殿様商売で、よくやっていけるな。
 

2月1日

 2月中旬に予定している北海道ツアーのために用意していた最強の防寒スタイルで、本屋博に出動した。
 ブースで人の対応をしていると、ニコニコしたイケメン中年男性が立っている。名刺を差し出されて見ると、某企業の人である。実は、この企業には、マリファナ本が出版されるタイミングで、フリーのプロデューサーを通じて「イベントをやりませんか」とお誘いをいただいたのだが、最終的に「コンプライアンス上の理由で難しい」と断られたのだった。
「僕、実は、佐久間さんとモーリー・ロバートソンさんのトークに行ったんです」とニコニコ言う。は! 実は、そのSNS禁止のそのトークで、その企業のことをネタに笑いを取り、ディスったりしていたのであった。
「わ、すみません、私、御社のこと、めっちゃディスってましたよね」
「いや、僕もヒドい話だと思って、社内で誰が断ったのか、調べたんです。その節はすみません」
 いやはや。申し訳ない。握手をして、別れる。こういうこと、たまにある。マリファナの件に限らず、大企業を相手に仕事をしていて、社内の誰かが文句を言う、それで状況が変わる、ということが。そして、その相手の人と会ってしまうことが。こちらは「大きな企業」と漠然とした大きな力だと思ってしまいがちではあるが、その中には、たくさんの人が働いている。一枚岩ではないのだ。こういうことが起きるたびに、その企業を敵だと思ってしまうと、仕事をする相手がいなくなってしまう。何より、こうやって握手をできることが救いである。
 午後は、高山さんとトーク。大学の同級生で製紙会社に勤めている「やなちょん」が客席にいる。フイナムの木村くんもいるが、高山さんとは同級生らしい。世界は狭いのう。高山さんは、印刷やコンセプトにこだわった定期刊行物だけを取り扱っているのだが、今回の共同出展で、「プリントゴッコ」で理想科学工業が開発したリソグラフという技術が海外に輸出され、それがまた新しい潮流を作っているということを聞いた。ちなみに私のジンもリソグラフで刷ってもらっているが、それによって、普通の印刷では実現できない「味」が出ている。

 ところで高山さんのオンラインショップは、商品を注文すると高山さんの手書きの手紙が届く。そうやってこれまで手紙を受け取ってきたお客さんが高山さんのイベントにやってきて、感動の初対面を果たしていたりする。オンラインの買い物でもエモを演出できるのだな。

 今回のイベントは、蔦屋家電(つまりCCC)がインディペンデントの本屋をサポートするような形で成り立ち、私が愛するインディの本屋の多くが参加していた。こういう大小のコラボが未来を作っていると思いたい。
 夜は、toeのやまちゃんが「帰りにおいで」と言ってくれたので、ご飯をごちそうになりに出かけた。ムラカミカイエとやまちゃん家で集合する。ジンの売れ残りを持ったまま、スーパーに併設されたワインショップから「何呑む?」と連絡すると「そんなことより、早くきたほうが良い」とお父さんのような返事。

 このメンツで集まると、必ず話題は政治的な話になる。今夜話題になったのは、中国の信用システムの話である。これは、行政や統治の観点からいうと、なかなか良くできているという話になっている。ただ、今回のようにコロナが蔓延しているときには、まったく裏目に出る。


 

 
 


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