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11月10日〜16日 ニューヨーク

11月10日

 日曜日、予定がなければ、山に行こうと思っていたが、ガールズが鍋をするというので、一日遅らせることにした。
 朝方、弟分のジョニーがうちの近所にやってきて、朝食を食べた。仕事のこと、家族のこと、恋愛のこと、お互いの近況を慌ただしく報告しあって、ハグをして別れた。1月にパリにいかないかと旅行に誘われた。お互い好きな作家のショーが行われるというのだ。別れると、すぐに目をつけているAirbnbの写真が送られてきた。すごく行きたいけれど、今すぐにはコミットできない。12月の仕事の進み具合にも寄るな、とかあれこれ考えてしまうからだ。行きたい行きたいと念を送れば行けるだろうか。
 前日、車のライトが切れていたのを思い出して、部品屋へ。取り替えまでやってはくれるけれど、2時間待ちだという。経験から、「2時間」と言われたときは、だいたい3時間近くかかることを知っている。自分で変えることができる程度なものなのか、Youtubeを見て、車内のフタを開けてみたけれど、電線がぐっちゃっと入っている姿に恐怖感を覚えて翌日出直すことにした。こういうことも、これまでは恋人がやってくれてきたのだった。いつの間にか、彼がいろいろやってくることに甘えるようになっていたな。
 日曜日にサービスを受けようと考えた愚かな自分を呪いながら、スタジオに向かう。段取りが悪いと、こうやってどんどん時間がすぎてしまう。れいかちゃんの家に向かう時間のギリギリまで作業して、遅刻気味で鍋に向かうことにした。いつもだったらLyft やJunoに乗ってしまうところだけれど、電車に乗った。この何日もずっと頭を動かしてきたから、すこしぼんやりしたかったのだ。日曜のわりには乗り継ぎもさくさくとできてあっという間に到着した。
 ダウンタウン行きの1ラインに、Make America Great Again (MAGA) の赤い帽子をかぶった黒人がいた。ニューヨークでこの帽子を被るとはなかなか度胸がある。それも黒人が。アメリカで「昔は良かった」というときの「いい時代」が、黒人にとっていい時代だったはずはない。ほら、こんな帽子かぶってるぜ、という挑戦的な気持ちなのだろうか、と考える。いずれにしても、共和党もトランプも、カニエにヘラヘラするだけで、その他の黒人一般社会のことは大切にはしていない。なんだか悲しい気持ちになる。

 黒人のトランプの支持率は10%程度。今、トランプは、黒人の間での支持率をあげようと、アグレッシブなピッチを始めたところだという。


 れいかちゃんの家に到着すると、キキちゃんがキノコがいっぱい入った鍋を作っている。素材へのアプローチがユニークなキキちゃんの料理を食べることが、人生の喜びのひとつになっている。

 みんなでわいわい鍋をつついて、食後にダラッとしているときに電話がなった。なんと、BRUTUSの本特集の取材を受ける日だったのだ。時差のせいで翌日のカレンダーに入れていたのだ。こういうとき、自分が本当に嫌になる。お酒をのんでいなくてよかった。

 1時間ほど電話で話し、そのあとしばらくダラッとしたが、今夜はみんなより少し早く帰ることにした。やることがいくらでもあるし、仕事がけっこうやばい状態にあるのである。それでも日曜の夜の静かなマンハッタンが珍しくて、ユニオンスクエアに徒歩で向かった。こんな静かなマンハッタンを歩くのは久しぶりだった。空気が冷たくて、少しの音が路上に響き渡っていた。14丁目のファストフード店の前で、女性が大声を出して暴れていた。どうやら男が中にいるらしい。喧嘩をしているのだろう、彼女のことは店に入れられない、と立ちはだかる警備員に悪態をついている。しばらくこういうニューヨーク体験と遠ざかっていたな。
 静かな道を歩きながら、自分は幸せだ、と思った。独りで外国に生きているけれど、日曜の夜に、鍋に呼んでくれる家族のような友達がいる。こういう日々がずっと続いていくといいのに。でもわかっている、永遠に続くものなんてないのだ。 みんな最終的にはひとり。ひとりで生まれ、ひとりで死んでいく。

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